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〔附録〕, を遣せらるへきか、兩段の内孰れにても御許容有せらるへくは、大坂へ才, 二之ヲ襲撃セント欲シタレバナリ、, 秀忠ノ使者土井利勝、岡山ヨリ來リ、家康ニ〓ス、藤堂高虎、仙石忠政、松, 者としてく、天滿口の御陣所へ來る、秀頼公より公の御深志を謝し、いつれに, 御本陣へ參上、安藤殿、土井殿を以て、秀頼公へ、四國又は大和河内和泉三國, 國有、公奈良越御一宿、三田城兩日御逗留、夫より福智山御歸城なり、, ても大坂城を明退く事叶はさるの御答なりき、神祖は、十二月廿三日、大坂, 亦之ヲ守ルノ意ナク、敵ガ兵備ヲ徹シ、城中殆ンド防備無キニ至リ、再ビ遽, 却の役にあつかる、是を其時天滿五人衆と唱、此折に、公御密議の上、台廟の, 御發足、台廟は翌卯年正月十九日御歸陣、諸侯は大坂にて休暇を賜ひ、各歸, 覺仕るへしと密々仰上られにれは、台廟御滿意にて、いかにも整らるへき, 十二月下旬和議になる、大坂壕埋の, 節石垣を崩させらる、櫻の門左右とも、武藏殿、阿波殿、左衞門督殿、美作殿破, 旨仰出さる、公、密々秀頼公母君へ其由通せられけれは、大野修理大坂に使, 〔米府年表〕天, ○上略、有馬豐氏天滿, ニ陣スルコトニ係リ, 有馬豐氏, 媾和ニ關, 天滿五人, 垣ノ破却, 穴衆, 大坂城石, シ幹旋ス, トノ説, 慶長十九年十二月十九日, 三一
割注
- ○上略、有馬豐氏天滿
- ニ陣スルコトニ係リ
頭注
- 有馬豐氏
- 媾和ニ關
- 天滿五人
- 垣ノ破却
- 穴衆
- 大坂城石
- シ幹旋ス
- トノ説
柱
- 慶長十九年十二月十九日
ノンブル
- 三一
注記 (28)
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