Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
られたればなり、, 所の周圍には、僅に一重の城壁あるに過ぎず、, のジヤックス・スペックスに贈りし書翰の數節、, ○和議成ルニヨリ、家康、大坂城ノ濠ヲ〓メシムルコト、慶長十九年十, 二月二十一日ニ、秀忠駐ツテ濠塹ヲ埋メ了ルヲ俟ツコト、同月二十五, ひ、ミンセノウチ町に居住す、, 秀頼樣の城を圍みし二重の壁は破壞せられたり、依て今は其居住する場, 予が九郎兵衞殿及び其家族と共に居住する家の主人は、ソーヂン殿とい, 定宿の主人九郎兵衞殿は、貴下が送らるべき商品を納むる爲め、堺に一軒, 千六百十五年四月十一日大坂發、エルベルト・ワウテルセンより、平戸, の家屋を借受けたり、是は大坂の同人の家屋の側を通りて流れし川埋め, は市街の態を失ひ、全く荒野の如き状を呈し、居住に堪へざればなり、, 予は十日乃至十二日前に、同人及び其家族と共に、再び大坂に來れり、, (四月二十八日著), 元和元年正月十九日, ○中, ○中, 喀, 略, 市中ノ荒, ノ城壁ヲ, 僅ニ一重, 大坂城ハ, 廢, 戰後大坂, 殘スノミ, 元和元年正月十九日, 七一一
割注
- ○中
- 喀
- 略
頭注
- 市中ノ荒
- ノ城壁ヲ
- 僅ニ一重
- 大坂城ハ
- 廢
- 戰後大坂
- 殘スノミ
柱
- 元和元年正月十九日
ノンブル
- 七一一
注記 (28)
- 893,609,52,496られたればなり、
- 535,607,61,1362所の周圍には、僅に一重の城壁あるに過ぎず、
- 1345,760,62,1431のジヤックス・スペックスに贈りし書翰の數節、
- 406,753,70,2074○和議成ルニヨリ、家康、大坂城ノ濠ヲ〓メシムルコト、慶長十九年十
- 292,755,68,2066二月二十一日ニ、秀忠駐ツテ濠塹ヲ埋メ了ルヲ俟ツコト、同月二十五
- 1702,618,56,857ひ、ミンセノウチ町に居住す、
- 639,605,74,2223秀頼樣の城を圍みし二重の壁は破壞せられたり、依て今は其居住する場
- 1812,613,66,2216予が九郎兵衞殿及び其家族と共に居住する家の主人は、ソーヂン殿とい
- 1107,607,74,2224定宿の主人九郎兵衞殿は、貴下が送らるべき商品を納むる爲め、堺に一軒
- 1458,754,68,2074千六百十五年四月十一日大坂發、エルベルト・ワウテルセンより、平戸
- 990,618,70,2200の家屋を借受けたり、是は大坂の同人の家屋の側を通りて流れし川埋め
- 1927,615,67,2089は市街の態を失ひ、全く荒野の如き状を呈し、居住に堪へざればなり、
- 756,607,73,2089予は十日乃至十二日前に、同人及び其家族と共に、再び大坂に來れり、
- 1236,737,58,517(四月二十八日著)
- 201,672,45,381元和元年正月十九日
- 918,1122,38,109○中
- 786,2703,40,115○中
- 873,1119,41,38喀
- 745,2704,39,41略
- 1941,240,41,175市中ノ荒
- 614,238,43,163ノ城壁ヲ
- 659,234,41,173僅ニ一重
- 701,236,43,166大坂城ハ
- 1897,239,40,41廢
- 1984,241,43,171戰後大坂
- 570,235,43,167殘スノミ
- 201,672,46,381元和元年正月十九日
- 187,2397,45,115七一一







