『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.652

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如此之仕合之よし言上す、公御感あり、武士之本意さもあるへきとの御, ニ〓く、於是大藏、山城、大學懸合、鉄炮を討懸させけれは、敵歩立になつて、, 門も馬上より〓落さる、組之もの六七人返合、長門肩ニ引懸退く所に、敵, ニ當よといふも果す藏人敵陣え乘入打死す、長門か二男甚平打死す、長, 競來て終に長門か首ヲ取ル、此時兩組之もの共悉敗軍す、敵二行ニ成て, 引連、敵に向、藏人惡所を前ニかまへ、此地長居へからす、長門者土手を前, 下知して富澤權内を斥候に遣す、權内山之上ニ走り上り、味方に向て〓, 諚なり、五嶋又兵衞も、小十郎手ニて打取、草苅藏人、秋保長門組之ものを, 横土手を乘こし、御鷹師與之ものともも雖懸合、強敵にして無功となる、, 牧野大藏、今泉山城、小田邊大學御歩小性衆を引つれ、森之陰ニ屯す、大藏, 公山ニ被打上備を相立らる、牀几に御腰をかけられ、御使番を以、所々え, 鑓を持麥畑之中に伏居たり、味方之勢鉄炮を腰ニさしはさみ、刀を抜つ, 十郎法被を數ケ所〓破切裁れたるまゝにて、御前ニ被參、太刀を拔、今日, 周防守殿も御對面、暫時ニして御通あるなり、其後敵味方互ニ物別す、小, 御下知ある所ニ、越後之少將忠輝公御着陣御參會あり溝口伯耆殿、村上, 元和元年五月六日, 明), ノ働ヲ賞, 片山ニ來, 政宗重綱, 松平忠輝, 六五二

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  • 明)

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  • 政宗重綱
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  • 六五二

注記 (22)

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