『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.801

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聞候間、とてもの事ニ罷歸、掃部に可申聞由申候て罷歸候、此首さかやき, 則權右衞門も父と一所ニ御供仕候へと被仰付候へは、未掃部ニは不申, をすり伽羅の匂ひふかく御座候、侍最期のたしなみか樣ニありたきも, 出候處、井伊掃部手ニて一番首取申候よしニて、河の權右衞門と申もの, 出し御逢はせ被成候へは、老父見て落〓いたし聲をあけよろこひ申候、, 參候、こんの折かけに金の丸のさし物さし、くり毛の馬にのり候て、本多, 上野介殿ニ懸御目度と申、是は先年上總殿衆と辻喧嘘を仕御家を走候, 令同道候へは、御感被成、則父正左衞門七十五歳ニ罷成御供仕候を御呼, のと御感被成、星田より御押被成候道ニ、首百五十計、生捕三人參候、木村, あらはせ御覽被成候、去年より相煩さかやき長く候得共、伽羅の匂ひ深, 長門守、山口左馬も掃部手ニ〓討取進上申候、長門守首はよこれ申候を, 間、御前え出申候儀如何と申、上野介くるしかる〓からさると也、御前え, り、夜中より敵出張仕候よし申上、此御使參り候と則俄に御立、二里程御, 衞門太夫前の小舅也、右之女房去々年離別仕、今は他人ニて候へ共、昔の, 、か手を付申候、山口左馬首は前髪有之、白くしんせうなり、是は松平右, 綱), 助ノ首實, 井伊隊二, 山口左馬, 木村重成, 河野再ビ, 赴ク, 衞門ノ戰, 河野權右, 左馬助ノ, 首ハ松平, 正綱ニ給, 功, 檢, 元和元年五月六日, 八〇一

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  • 綱)

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  • 助ノ首實
  • 井伊隊二
  • 山口左馬
  • 木村重成
  • 河野再ビ
  • 赴ク
  • 衞門ノ戰
  • 河野權右
  • 左馬助ノ
  • 首ハ松平
  • 正綱ニ給

  • 元和元年五月六日

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  • 八〇一

注記 (31)

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