『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.427

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

等も首二級をうちとな、しかれとも抜かをして軍令を破るかゆへに、切腹, の仰き、こ〓重成か罪ゆ〓させたあふなり、すみやろに謝したてまつ〓と, のものゝ高名を勵むはけもある〓し、汝七旬に及ひて乃軍功せ、につかは, 首討捕申候、證據人戸田半十郎、同日重た首討捕申候、證人土井大炊頭家人, 供奉し、元和元年乃役にもしたかひたくま〓り、奮戰して首四級を得、從卒, すへきに定めらるゝのところ、實父重長を台徳院殿の御前にめされ、壯年, しからすと乃たあむしかは、板倉重宗御前にすゝみ、若きものはけこ〓と, 父本多彦兵衞儀、權現樣え被召出、御奉公申上、慶長十七壬子年、台徳院樣え, 十八、夏之御陣十九之年、兩御陣御供仕、卯五月七日、於天王寺口柵際、甲付之, 被爲附、番頭板倉周防守組頭安部攝津守御小性組御番仕、大坂冬之御陣年, ありた〓き、重長やかて恩惠の辱きを拜す、よりて重戌死を免れ、つかへた, てくまつ多こともと乃ことし、, 覺, くあつり、御小性組に列し、十九年大坂御陣の時、板倉周防守重宗に屬して, 〔譜牒餘録後編〕, 杉浦内藏允組上本多甚兵衞, 二十六小普請一, 本多彦兵, 拔驅ノ罪, 衞, ヲ赦サル, 元和元年五月七日, 四二七

割注

  • 杉浦内藏允組上本多甚兵衞
  • 二十六小普請一

頭注

  • 本多彦兵
  • 拔驅ノ罪
  • ヲ赦サル

  • 元和元年五月七日

ノンブル

  • 四二七

注記 (23)

  • 1704,626,61,2229等も首二級をうちとな、しかれとも抜かをして軍令を破るかゆへに、切腹
  • 1239,627,58,2218の仰き、こ〓重成か罪ゆ〓させたあふなり、すみやろに謝したてまつ〓と
  • 1471,627,62,2213のものゝ高名を勵むはけもある〓し、汝七旬に及ひて乃軍功せ、につかは
  • 299,612,60,2227首討捕申候、證據人戸田半十郎、同日重た首討捕申候、證人土井大炊頭家人
  • 1822,626,62,2222供奉し、元和元年乃役にもしたかひたくま〓り、奮戰して首四級を得、從卒
  • 1589,626,58,2223すへきに定めらるゝのところ、實父重長を台徳院殿の御前にめされ、壯年
  • 1355,629,59,2218しからすと乃たあむしかは、板倉重宗御前にすゝみ、若きものはけこ〓と
  • 649,620,62,2225父本多彦兵衞儀、權現樣え被召出、御奉公申上、慶長十七壬子年、台徳院樣え
  • 417,617,59,2224十八、夏之御陣十九之年、兩御陣御供仕、卯五月七日、於天王寺口柵際、甲付之
  • 533,617,60,2229被爲附、番頭板倉周防守組頭安部攝津守御小性組御番仕、大坂冬之御陣年
  • 1120,624,61,2218ありた〓き、重長やかて恩惠の辱きを拜す、よりて重戌死を免れ、つかへた
  • 1010,615,50,869てくまつ多こともと乃ことし、
  • 775,762,50,54
  • 1940,627,58,2215くあつり、御小性組に列し、十九年大坂御陣の時、板倉周防守重宗に屬して
  • 867,577,99,491〔譜牒餘録後編〕
  • 869,1131,45,911杉浦内藏允組上本多甚兵衞
  • 920,1136,38,529二十六小普請一
  • 920,247,43,173本多彦兵
  • 1738,252,45,176拔驅ノ罪
  • 880,247,37,40
  • 1697,257,38,161ヲ赦サル
  • 197,687,45,336元和元年五月七日
  • 198,2418,42,122四二七

類似アイテム