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に、ケ樣に言上す、是故實と云々、, 驗もつゝかす既に天王寺に至らせ給ふ、, しき備を立置、その子上野介と自身の勢き家老に申付、金の蠅取の下に熊, 在之よし御下知あり、勝て猶ほこる事なかれとの御事成へし、先達て御使, 百三百にて打破りするものそ、油斷すな、何も下り立て居敷、鑓を取て可罷, 最前茶臼山の邊眞田か兵少〳〵人數殘りて有し處へ、本多佐渡守御先打, 衞門參上仕、敵の先陣打負、茶臼山に殘るを、越前衆鑓組相戰申ゆへ、早々御, の一組を引卒してきそひ至るを見て、敵悉く敗北す、佐渡守則茶臼山を取, の摩付たる馬印を持せて、二三人召連て茶臼山より參る、既ニ台〓茶臼山, 權現樣、御備中を二反り御乘廻し被遊、ケ樣の大軍ニき、一万二万の式き五, 駕を寄られ御見廻り被遊候へと申上る、是き越前衆眞田と馳合軍最中ニ, に隨て、右兵衞督殿、常陸介殿は、堀切田畑の構なく御急き押せ給へは、旗馬, 甚右衞門注進として參候へとも、第一は御祝義也、次にき士卒を諫んため, をくまて進ませ給ふ處に、大軍の馬ほこりにてあたりも見へす、少のふけ, 有て人數廻りか〓、其向は馬煙り少しはれて、御先へすゝむ味かたを敵と, ○中, 略, ヲ戒ム, 家康士卒, 元和元年五月七日, 七三〇
割注
- ○中
- 略
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- ヲ戒ム
- 家康士卒
柱
- 元和元年五月七日
ノンブル
- 七三〇
注記 (21)
- 1414,655,61,921に、ケ樣に言上す、是故實と云々、
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