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下部に至なまて、御先祖よりの御厚恩不成者無之、君秀頼卿へ義の趣く處、, に妻子有、歸國して育へし、我秀頼に被頼、武門の義理死を極ぬ、今生の名殘, に究りて討死に至な、各爲臣の道を守、無二心之段言語に述か壹し、各信州, 曰く、各忠義生々世々難忘難默止、明日死を同くすへしと盃を取、下部迄一, 席に盃を傾け、扨眞田源八を呼、其方は親族なり、死を共に願ふへし、然れ共, 今宵に限ると憐心面に顯れをり、從軍一同に、御尤至極に奉存候、我々も皆, 子孫に傳へし刀なり、其方を褒美なりとて遣たれは、言葉にしたかひ忍ひ, 尺四寸の包光の刀をとらを、是は祖父源太左衞門、天正五年長篠討死の時, を呼て曰、我亡父の遺言を守、一國の主とも成、各へも加恩すへき處、天運既, 我々又君へ義の趣く所同事なり、於御暇は、一同に切腹仕候と申す、幸村か, 故郷へ返り給はれといふ、源八辭すといへ共、強に頼み自筆の一卷を渡、三, 出、古郷へ下る多、源八則上田にて形見を出し、其後存命して、松平備後守, 七日には、眞田思ふ程戰ひ、馬より下り、床, 机に息ふ所に、越前の士篠沼か組に、西尾仁左衞門馳掛て〓んとす、眞田莞, 〓、え抱られ、八十歳まて長壽、大坂御陣の物語いたし候となり、, 〔銕醤塵芥抄〕, ○朝野舊聞哀稿, 池田, 氏播, 千八十四所收, 州、, 請フ, 共ニ死セ, ンコトヲ, 幸村眞田, 部下ノ士, 衞門ニ授, 源八ヲ信, 西尾仁左, 幸村首ヲ, 濃二遣ス, トヲ勸ム, ク, 元和元年五月七日, 八八○
割注
- ○朝野舊聞哀稿
- 池田
- 氏播
- 千八十四所收
- 州、
頭注
- 請フ
- 共ニ死セ
- ンコトヲ
- 幸村眞田
- 部下ノ士
- 衞門ニ授
- 源八ヲ信
- 西尾仁左
- 幸村首ヲ
- 濃二遣ス
- トヲ勸ム
- ク
柱
- 元和元年五月七日
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- 八八○
注記 (35)
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