『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.883

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と存候由物語仕候也、, 付書留候也、, 候趣は、何樣の義ニ候も不承候へ共、其身無別心戰死を相遂候と有之義, なく馬上ゟ、親の方を見歸り、夫より坂を乘おろし、城中へ罷歸り候と也、稻, へき躰に相見へ候か、左衞門佐か方を見やりそたゝすみ居候を、左衞門佐, を、秀頼公へ知らせ可申ための證人心ニて、大助を城中へ返し入れ候か, へは、仁左衞門方へ御向ひ被遊、勝負はと御尋候處、仁左衞門兎角の御請に, 垣與右衞門と申者、其節眞田か手に罷在、直に見申童る由ニて、物語致候ニ, ふ齒かけて有之かと御尋ニ付、口を開見候て、向齒欠ケて有之候と申上候, 儀、存生の内終に御目見不仕もの故、御見知不被遊、首持參の仁へ、其首の向, は近習の者を以〓、急き罷越候樣にとの催促に付、馬を乘出し候か、幾度共, との上意に付、西尾仁左衞門、茶臼山御本陣へ持參仕候處ニ、御覽被遊、眞田, 大御所樣には、越前少將忠直の手へ打取候眞田左衞門佐首を御覽可被遊, 右與右衞門申候は、大助城中へ歸るましき旨理申候刻、側近く引寄申含, 引よせ、何事やらん暫くの間申含め候へは、大助は親の側を立退き、馬に乘, ノ首ヲ實, 檢ス, 家康幸村, メシ趣意, 缺ク, 大助ヲ城, へ歸ラシ, 二ツイテ, 幸村前齒, ノ説, 元和元年五月七日, 八八三

頭注

  • ノ首ヲ實
  • 檢ス
  • 家康幸村
  • メシ趣意
  • 缺ク
  • 大助ヲ城
  • へ歸ラシ
  • 二ツイテ
  • 幸村前齒
  • ノ説

  • 元和元年五月七日

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  • 八八三

注記 (27)

  • 890,710,57,627と存候由物語仕候也、
  • 1355,619,54,359付書留候也、
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