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城の跡備前和氣郡和氣村の東の山上にあり、, せめられ候ごとくならば、主君の行方をも白状すべき心なればこそ、かく, 澤原いひにるは關東の兩御所の運つよくおはしまし候を感じ奉りての, 我を責らるゝならめとおもひて、おぼえす〓の流るゝと申たれば、人々詞, らにといふ、さらばとて拷問に及びにれとも、更にいはず、あまりにきびし, 度大坂軍に勝ば、兩御所落行せ給ふべし、其時御邊たちをからめて、今我を, て、御赦し有けるとぞ、今細川の家に其子孫あり、又池田の家にもあり、澤原, く責られて泪を流したれば、行方をいふにこそあれとて、いかにと問ふに, ○以下渡邊糺、正榮尼ノコトニ係ル、, 事に候、士たるほどの者、骨をきざまるゝとも、主君のゆくへを申べきや、此, は備前磐梨郡の村名なり、孫太郎が一族、此村より出たりといふ、掃部が居, なかりたり、東照宮聞し召、童ぐひなを忠義の士なり、よくいたはり候へと, 問て云く、渡邊内藏介母子愛憐城内の面々切腹之義如何候哉、答て云く、是, 渡邊内藏介は、先刻より大手をふせきさゝへて深手をおい、打物を杖につ, 渡邊内藏介母子愛憐城内面々切腹之事, 〔別本落穗集, 〔別本落穗集〕〓渡邊内藏介母子愛憐城内面々切腹之事, 害ヲ勸ム, 榮尼二自, 渡邊糺正, ヲ言ハズ, 元和元年五月七日, 九五八
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- 害ヲ勸ム
- 榮尼二自
- 渡邊糺正
- ヲ言ハズ
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- 元和元年五月七日
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- 九五八
注記 (23)
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