『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.98

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ず、二日前より隊伍を整へて戰鬪の準備をなせり、斯くて諸方面の合戰は、, 六月九日に始まりしが、勝敗ありし血戰の後、内府樣は其の軍事上の知識, 看破し、此時以來彼は戰捷者の地位に立てり、而して等しく強勢なりし兩, は、勝利近しと信じ、城内に留りし秀頼に、陣頭に立ちて、戰捷の名譽を收む, 共に敗走し、戰捷者の軍兵は、市内に亂入して、容赦なく殺戮を行ひ、全市に, 軍の勝敗の決は、僅に一時間弱を要せしに過ぎざりき、秀頼の軍は、各方面, ならしむるを得たり、秀頼の本隊の長にして、其の軍旗を護れる大野修理, が、僅かに部下に依て引留められたり、内府樣も亦一時勝利の覺束なきこ, て、將軍の隊を撃破すること四度に及び、爲めに將軍は退却せんと欲せし, に依て、勝利を得たり、秀頼の部將等、殊に明石掃部は、目覺しき奮鬪を試み, るか、然らずんば光榮の討死をなすべきことを説けり、而して彼が、君の出, 撃を擁護せんと欲して、軍隊を率ゐて退却せしことは、敗退と誤解せられ、, とを看て失望し、將に自裁せんとせしが、敵の失策を利用して、形勢を有利, 全軍の間に恐怖の念を起すに至りぬ、内府樣は形勢の一變せんとするを, 〓りて掠奪放火をなせり、此の殺戮は二時間に亙りしが、内府樣は敗兵絶, 東軍利フ, 形勢一變, 西軍ノ失, 東軍敗ル, ノ奮鬪, 東軍ノ兵, 明石全登, 市中ヲ掠, 獲, 奪ス, 策, 元和元年五月八日, 九八

頭注

  • 東軍利フ
  • 形勢一變
  • 西軍ノ失
  • 東軍敗ル
  • ノ奮鬪
  • 東軍ノ兵
  • 明石全登
  • 市中ヲ掠
  • 奪ス

  • 元和元年五月八日

ノンブル

  • 九八

注記 (28)

  • 1789,610,69,2239ず、二日前より隊伍を整へて戰鬪の準備をなせり、斯くて諸方面の合戰は、
  • 1673,612,69,2230六月九日に始まりしが、勝敗ありし血戰の後、内府樣は其の軍事上の知識
  • 496,622,76,2229看破し、此時以來彼は戰捷者の地位に立てり、而して等しく強勢なりし兩
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