『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.154

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は總ての日本人に取りては、神聖にして犯すべからざる特權地なれば、其, 庭上に天幕を張り、此の如く大なる戰爭の結末を見るまで、此所に留るこ, せしが、市は此の如き多數の人を容るゝこと能はざりしが故に、大部分は, 決すべく、城は二重の城壁を破壤せられたれば、防禦すべき方法なしとい, 藥を供給せり、三人は戰爭の方法に就きて協議を遂げ、野戰を以て勝敗を, しが故に、都の人も亦多く恐を抱き、其家を捨て内裏の宮殿に入りたり、此, は恐怖を抱き、各最も大切なる品物を荷造し、危險を逃れて附近の諸國に, 附近の田園に屯せり、此の如く強盛なる軍隊の首領は三人にして、眞田左, ふことに一致せり、此の如き優勢なる軍隊の評判を聞き、附近各地の商人, 赴けり、又秀頼が此準備を以て、帝都を占領せんと欲する由の風評行はれ, 播せしめしと云ふものあり、是れ根據なきことにはあらず、彼の老人は之, とゝせり、秀頼が天下の君たらんことを望みしと云ふ風説は、内府之を傳, 等は智慮を廻らし、陣營に十分の糧食を備へ、攻撃并に防禦の爲め、武器彈, 衞門、後藤又兵衞及び甚だ善き基督教徒なる明石掃部ジヨバンニなり、彼, により、少年を以て、擾亂を好み不信にも平和を破壞せる者として人に嫌, ノ恐〓, 京都市民, 指揮者, 大坂軍ノ, 元和元年五月八日, 一五四

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  • ノ恐〓
  • 京都市民
  • 指揮者
  • 大坂軍ノ

  • 元和元年五月八日

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  • 一五四

注記 (21)

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