『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.163

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止められたり, 如く、脚を濡さずして之を越ゆることを得たり、而して水は三哩の間堰き, は頗る深きに拘はらず、死屍の山によりて埋められ、恰かも橋上を行くが, 最も有名なる町々を通らしめ、次で其首を斬りたり、此童子は死するに先, る賞を與ふることを約したり、此命に從ひて、豫想以外に、多數の人々彼の, からず、市に於て、火に燒かれ刄に倒れたるものゝ外、廣漠たる戰場は死屍, を以て蔽はれ、遁れんとせし兵士の、附近の河流に溺死せしもの多く、河底, れども、高き望を抱ける七才の童子あり、大に辱かしむる爲め、先づ京都の, 許に引き來られしが、悉く之を斬りたり、其中に秀頼の一子にして、庶出な, き來らしめ、また逃走したる諸侯に對しては、其所在を告ぐるものに、大な, 入りたり、而して布令を全帝國に出し、秀頼方を搜索し、〓に繋ぎて之を引, ど日本全國の公侯及び領主に圍繞せられて京都に向ひ、凱旋して、同市に, の戰爭に於て、曾てなし、若し人の損失十萬に近しと云ふも、甚だ事實に遠, 内府は、生命及び帝位の、此の如く大なる危險を經過し、著しき勝利を得、殆, り、日本に於ては、此戰爭に於ての如く、多數の人々の戰死したること、過去, 大坂ノ餘, 黨ヲ捜索, 秀頼ノ遺, 子, 元和元年五月八日, 一六三

頭注

  • 大坂ノ餘
  • 黨ヲ捜索
  • 秀頼ノ遺

  • 元和元年五月八日

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  • 一六三

注記 (21)

  • 1235,618,52,428止められたり
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