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頼母敷上意ニ候間、御悦被戌候へと、周光院樣, 尾を飛上り御薙しかは、貳尺計も切落し給ひたり、龍は事共せす登り、尾き, 宜御城也、遠江守樣夏月の頃御舟に召れ、御近習數多御乘せ御慰被成、そこ, 舟中に落たりたり、夫々と御意有しかは、菅沼長門兩手ニて押へたるに、尾, しく立り、是き何ニか有らんと人々思ひて、御舟も漕のけて皆々見居たり, ら乘廻し、御酒も數刻に及興をさせ給ふ所に、俄に水波〓に立て、水烟も冷, たるに、水中ゟ龍浮み出て、御舟の上へのほりたるか、尾を御舟の上え引摺, はいまた活ておとりは手たる、長門か顏に當りたる所、後々迄も〓の〓く, たり、康勝公御血氣強くおはしましけれは、御脇に有たる長刀を以て、龍の, て御咄被成候、其砌欠國もなく、台徳院樣ニも被思召候迄ニて過行たり、其, 院樣度々御意御坐候、此主計頭殿は、肥後の國主にて大身也、康勝の御舅也、, 内大坂御陣以後ニ、決〓宜敷御事も可有所に、御早世被遊、御殘多事と周光, 此縁邊も、兩上樣御内々上意有しゟ御縁組御座候よしと聞候, 舘林の御城は城沼と申池湊を要害に構へ、城中ゟ舟の出入も有て、地之利, 舘林城沼尻切レ龍之事, え御見廻之上に, ○康政ノ側, 室花房氏, 秀忠ノ意, 邊ハ家康, 兩家ノ縁, 榊原加藤, 見ニ依ル, 元和元年五月二十七日, 五六一
割注
- ○康政ノ側
- 室花房氏
頭注
- 秀忠ノ意
- 邊ハ家康
- 兩家ノ縁
- 榊原加藤
- 見ニ依ル
柱
- 元和元年五月二十七日
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- 五六一
注記 (25)
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