『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.589

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顧他に異にして、慶長三年太閤薨去の砌、片桐と今一人, 愼ムヘキ也、, られ、加賀利家卿へ幼主傅立の事を托せられ、大老奉行一和して、幼主を補, り天下の主將に非ず、畿内の三州を領して、天下の貴族客人分の如くにな, る、於是豐臣の猛威失果ぬ、夫迄も片桐は、大坂に隨仕して棟梁の臣たり、大, の威權月々に衰へ年々に傾て、武威徳川家に歸し、大坂は諸侯に非ず、素よ, 奸臣とす、是一〓の論なり、左計には究がたし、片桐は忠臣に似たる賊臣、大, 子亂起て、天下反覆の兆をあらはし、其後は太閤の遺旨自ら廢し、太閤創業, 密旨を遺さる、此密旨他の人の知事なし、而して内府公へ天下の政務を預, 野は奸臣に似たる忠臣抔と云べきか、片桐事、始は助作と號し、所謂志津が, 佐すべき由遺旨有て薨ぜらる、然に大老奉行各一和せず、薨去間もなく樣, 々の異議出來て、大老は銘々の分國へ引歸り、世上穩ならず、竟に同五年庚, 大坂一擧を記録する物を閲に、各書片桐市正を忠臣とし、大野修理を以て, 嶽七本鎗の其一人なり、武名を世に知られ、而も才智逞き士なり、太閤の恩, 大坂陣中の數説, を寢所へ召て, 〔翁草〕, 名失, 百五, 十六, 念、, 下略, ○上, 〓百, 臣ニ似タ, 片桐ハ忠, ル賊臣大, 野ハ奸臣, ニ似タル, 同上, 忠臣, 元和元年五月二十八日, 五八九

割注

  • 名失
  • 百五
  • 十六
  • 念、
  • 下略
  • ○上
  • 〓百

頭注

  • 臣ニ似タ
  • 片桐ハ忠
  • ル賊臣大
  • 野ハ奸臣
  • ニ似タル
  • 同上
  • 忠臣

  • 元和元年五月二十八日

ノンブル

  • 五八九

注記 (33)

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