『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.592

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を表にして、裏に阿諛の巧有を知て、夫より片桐に心を置て、大野が丹心を, も難からじ、よし將軍家と大坂と、實に御親しみ篤く成り、秀頼公天下の貴, と申せば、片桐首を振て、尤足下の言善しといへども、大に時と相應せず、今, 將より御造營有べき事なり、是等の當理を以て愁訴せんと思ふはいかに, 族と成給て榮え在さば、是以て幸甚なり、孰に大御所御他界迄を凌課せん, を繕ひ、當時の振合を以て、秀頼公だに無恙ば、其間には大御所の御齡も、懸, 關東の仰を違背せば、忽動亂の基なるべし、たとへばいか成る御難題なり, 明さず、竟に兩士が確執と成て、大坂滅亡の亂根となれり、尤其後關東より、, 色々反間の御謀有し時、片桐大野が合體せば、いか樣の手立も有べけれ共、, はなしとて、一向に同心せず、是を以て大野倩思惟するに、片桐が實意は、忠, 車を遙に過させ給へば、薨去に程も有まじ、薨去あらば、世の中一變せん事, 此確執より互に狐疑を生じ一和せず、是則關東御計策の一助と成て、太閤, 共、先づ之を請て、而後に其事に應じて、機變の練功を以て難を避るより外, の功勞一朝に亡ぬ、是を以て兩士を評せんに、片桐は偏に關東大坂の無事, との主意なり、是君の爲にする樣なれ共、實は己が身を思ふ故なり、其所以, 且元ノ意, 中, 元和元年五月二十八日, 五九二

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  • 且元ノ意

  • 元和元年五月二十八日

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  • 五九二

注記 (19)

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