『大日本史料』 12編 21 元和元年六月~同年閏六月 p.268

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きむ〓仰を蒙り、領地飛騨にかへり、西尾豐後守光教、遠藤對馬守慶隆と, の逆徒蜂起せしにより、稻葉右京亮貞通か居城美濃國八幡の城を攻へ, して首級を得たり、逆徒こと〳〵く誅に伏すのゝち、京都にをいて、其軍, 功を賞をらる、十二年、遺領を繼、飛騨國を領し、弟五郎八某に、美濃河内の, るもの五十餘人にをよふ、十四日、降將貞通を伴ひ、赤坂の御陣營にいた, しめしあはせ、九月朔日、郡上に發向して、瀧山に陣し、急に進あこれをせ, り、十五日、關原乃合戰には、父長近とおれしく兵をすゝめ、みつから奮戰, 領地二万三千石餘をわろちあたふ、のち封地にゆくの暇申のとき、東照, 賜す、十六年、常陸國下妻にをいて鷹場をゆるのれ、鴈捉の鷹を賜ふ、この, かうふる、これより台駕に從ひ童てま〓り、下野國小山に赴き、また上方, をあたへらな、慶長五年、東照宮、上杉景勝御追討として御出馬あるによ, 宮より鷹をよひ馬をた而ひ、台徳院殿より國次の御刀、并に鷹馬等を拜, め、大に敵兵を討とり、城主貞通つゐに降參す、落城のとき、家臣等戰死す, り、其事台徳院殿に言上をしかは、五月二十六日、御返翰を賜ひ、懇の仰を, 年、弟五郎八某卒して所領を收めらるゝといへとも、其領地賜はらける, 元和元年閏六月三日, ギテ飛騨, 遺領ヲ繼, ヲ領ス, 元和元年閏六月三日, 二六八

頭注

  • ギテ飛騨
  • 遺領ヲ繼
  • ヲ領ス

  • 元和元年閏六月三日

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  • 二六八

注記 (21)

  • 1306,728,58,2138きむ〓仰を蒙り、領地飛騨にかへり、西尾豐後守光教、遠藤對馬守慶隆と
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