『大日本史料』 12編 22 元和元年七月~同年九月 p.151

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ち足を岸に著けし時に行はんことを希望せり, 九月七日, を求めしめたり、彼は之に答へて、此の旨を王に傳達すべく、尚王は甚しく, 朝頗る早く國王は平戸に入られたり、彼の通過, に遣し、予が國王の航海にて疲勞せられしを思ひて、王の許に到り、手に接, の際、蘭人は商館より小砲三門を發射し、又大船よりは大砲二十門、小船よ, ジヤンダー號も十一門の發砲を行へり、予は直に吾が通譯を大炊殿の許, 吻しで敬意を表することをなさざりしにつき、國王の宥恕を乞はんこと, りは六門の發射をなし、又各船は二囘小銃の一齊發射をなせり、吾が船ホ, 本文長重下向ノ時、遠州西坂驛旅館江強盜忍入處、淺尾勘太郎重常、種橋, 〔附録〕, 疲勞せられし故、予の不參は至當なりしと云へり, れし旨を告げ、尚若し吾等にして祝砲を發射せんと欲せば、國王上陸後、即, 來りて、予に國王の歸著せられ、吾が英船の安全に港内にあるを見て、悦ば, 長重京都マテハ、秀忠公江供奉、京都ヨリ、七月御先江下向ニ相見エル、, 元和元年乙卯四十五歳, 〔丹羽歴代年譜, 元和元年七月十四日, 二十五日二當ル、, ○元和元年七月, ○上, ○下, ○下, 略, 略, 長重, 略, 下向ノ途, 平戸ニ歸, 松浦鎭信, 丹羽長重, 次日坂ニ, 著ス, 元和元年七月十四日, 一五一

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  • 二十五日二當ル、
  • ○元和元年七月
  • ○上
  • ○下
  • 長重

頭注

  • 下向ノ途
  • 平戸ニ歸
  • 松浦鎭信
  • 丹羽長重
  • 次日坂ニ
  • 著ス

  • 元和元年七月十四日

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  • 一五一

注記 (35)

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