『大日本史料』 12編 22 元和元年七月~同年九月 p.154

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種橋孫三郎も一人討取ぬ, か右の腕一太刀切逃出しか、花井主水か、人數を立て見物し居たる所へ懸, りたれは、大勢の中へとり籠討取ぬ, 殘る盜人共、死くるひに切廻り, 討留、し〓まな所の町人共に、長重卿より金銀酒肴を賜り、日坂の坂下に、六, 人の盜賊を磔に懸て通り給ひしと也、其跡より家康公御通り有て、此磔を, 鎗を送り、後日たかひの證據にす、, 盜人行かゝりて、花井か手にて討れたり、勘太郎、主水か居たりし近所ま, 長重卿へ使を以、一方被仰付候得と言しかとも、長重卿許し給はに、花井, 殘多くや有にん、坂口に手勢を立て見物をし所へ、勘太郎か腕を切たる, て追逼、つきふさたり、餘りつよく〓しゆへ、鎗の柄をねち折しかは、花井, しを、一人も殘らず討留、強盜六人の内、長重卿の手にて五人討留、都合六人, 見て、若き人の神妙也、兵具損し候と見請たり、是を持をられ候へとて、持, 中にて頭取とおほしき奴を、唯一鎗にて〓伏をしを、跡に續し盗人、勘太郎, 花井主水は、上總介殿の家士なるか、此騷動の節、日坂を通りて此由を見, 上覽し給ひ、町の長五六人召れ、長重卿の働を委細に被聞召、御感有て、かや, 孫三郎深手を負, 平癒をすして死、, 元和元年七月十四日, 一五四

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  • 孫三郎深手を負
  • 平癒をすして死、

  • 元和元年七月十四日

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  • 一五四

注記 (20)

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