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堂の東南に栖養の居をかまへくかく役給ふ、同年七月、面まひにかゝり、起, 大雲院の三字を親書ありて、佛殿の額となさしむ、上人、寺内に一宇を營し, んと、同十五年四月九日往生し、大雲院に葬むる、上人即火下し給ふ、上人晩, 年來の疑忽解く、安心起行決定勢り、是によりて剃髮して宗恕と號す、師に, 約していはく、我か子孫なかく當院の檀越として、上人の遺法を護經しめ, といへとも、猶わきまへさる所ありて、密に上人にま見え、口受心傳を得て, 年にをよひて、知恩寺乃僧衆〓に請し、筑後善導寺の闔衆も、強く招とも、固, 七月、後陽成帝勅願所の綸旨を給ふ、同十九年かのとの卯二月二日、天皇又, 照神君に〓し給ふに、恩遇殊更厚し、同二十七日、寺を教譽貞傳に附與して、, つへからさる事を識て、精修平日に越壹り、同十七日、大衆に告給ふは、我今, 長年中、嶋津右馬頭以久、其比伏見に住をり、時々説法の席に詣て信を起す, く辭して移り給はす、元和元年きのとの卯五月十六日、二條の城に到く、東, て、釋迦佛并に五百羅漢の像を安置し、毎歳〓槃會を修行して今に絶す、慶, 餘報盡て本家に皈るといひ終つて沐浴し、法服を着し、あみたほと第の像, を床頭に安し、端坐合掌して、佛號を數百遍稱し、安然として遷化し給ぬ、春, ノ綸旨及, 依ス, ビ大雲院, 島津以久, 後陽戌天, ノ勅額ヲ, 貞安ニ歸, 皇勅願〓, 賜フ, 示寂, 元和元年七月十七日, 二〇八
頭注
- ノ綸旨及
- 依ス
- ビ大雲院
- 島津以久
- 後陽戌天
- ノ勅額ヲ
- 貞安ニ歸
- 皇勅願〓
- 賜フ
- 示寂
柱
- 元和元年七月十七日
ノンブル
- 二〇八
注記 (27)
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