『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.394

Loading…

要素

図版

OCR テキスト

き時、重寳と上意被遊候となり、, を候ヲ以、其比小野木笠と世上ニ申觸候となり、, 躰のもの持ありく事もならさる如くなる重具足を著しでも、度々深手を, 負、兵部と同し樣に働ても、本多中務は我らと同し事にて、終に薄手を負た, 〓る事なし、井伊兵部なとわ、其身力量も有之ニ付、爰かしこに〓を入れ、大, る事なし、菟角運の矢ハのかれぬものと心得、身輕にて働き安き〓く心得, 波龜山の城に、小野木縫殿之助家ニな、足輕以下の者ニは、金笠をかぬら, 一權現樣御旗、永禄六年迄、七本の白旗一幅一丈八尺ニ、黒キ葵の丸三ツ付, へき事也、陣中にて、下々ニハ金笠をかぬらを候へは、陣場におゐて、鍋のな, 右金笠乃義は、已前より甲州抔ニは有之候へ共、上方筋ニは無之處ニ、丹, 永祿六年四月より、牧野半右衞門脇さし、金の扇を被召上、御馬印ニ成ル, 〔武邊雜談〕航, まねき白臼, 元和二年四月十七日, 三九四

図版

  • 元和二年四月十七日

  • 三九四

注記 (15)

  • 1214,641,57,940き時、重寳と上意被遊候となり、
  • 861,716,61,1448を候ヲ以、其比小野木笠と世上ニ申觸候となり、
  • 1687,636,63,2231躰のもの持ありく事もならさる如くなる重具足を著しでも、度々深手を
  • 1562,638,64,2231負、兵部と同し樣に働ても、本多中務は我らと同し事にて、終に薄手を負た
  • 1804,637,62,2226〓る事なし、井伊兵部なとわ、其身力量も有之ニ付、爰かしこに〓を入れ、大
  • 1444,643,67,2229る事なし、菟角運の矢ハのかれぬものと心得、身輕にて働き安き〓く心得
  • 978,707,64,2167波龜山の城に、小野木縫殿之助家ニな、足輕以下の者ニは、金笠をかぬら
  • 625,656,64,2234一權現樣御旗、永禄六年迄、七本の白旗一幅一丈八尺ニ、黒キ葵の丸三ツ付
  • 1330,655,65,2215へき事也、陣中にて、下々ニハ金笠をかぬらを候へは、陣場におゐて、鍋のな
  • 1095,713,64,2163右金笠乃義は、已前より甲州抔ニは有之候へ共、上方筋ニは無之處ニ、丹
  • 154,725,67,2158永祿六年四月より、牧野半右衞門脇さし、金の扇を被召上、御馬印ニ成ル
  • 718,605,103,445〔武邊雜談〕航
  • 514,716,49,282まねき白臼
  • 307,1006,121,821元和二年四月十七日
  • 1920,711,45,385三九四

類似アイテム