『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.288

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八月十九日、, 此夜、死者の祭終了せり、, 八月十八日、, 其君主に叛かしめたりと噂せらる、, 領を收めし時、約に基きて、之を其子息に與ふることを欲せざりしにあり、, 新居に宿泊せり、我等は此地にて、, の義父たる政宗殿は、困難を感ずべしと思考せられ、又耶蘇會員及び他の, 予は彼に對し、若し戰爭破裂の虞あらば、金子を携へて歸り來るべく、尚能, き由を聞けり、或者は切腹せん爲めなりと云ひ、或者は剃髮して僧となり、, はカルサ樣が、都に近き高野と云ふ寺に赴かん爲め、明日當地を通過すべ, 餘生をそこに送らん爲めなりと云へり、彼は悉く家臣を奪はれ、皇帝即ち, 等を亡して、敵たる秀頼樣を擁立せんとせしが爲めなりと、これが爲め、彼, 彼の兄の部下に護送せられ、又其の妻は、父たる政宗の許に送れり、彼が異, カルサ樣切腹のことを聞けり、こは彼が父及び兄弟に對し、叛逆を企て、彼, ふべくんば、殘品を金子に代ふべきことを勸告せり, 師父等は、炬火となり、煽動者となりて、子をして父に背かしめ、臣下をして, 終夜見附に泊れり、此地にて、我等, ○中略、新暦二十八日ニシテ, 刀和二年七月十七日ニ當ル, ○中略、新暦二十九日ニシテ, 兀和二年七月十六日二當ル, ○下, 略, ノ風説, 忠輝自殺, 耶蘇會員, ノ煽動, 忠輝夫人, 元和二年七月六日, 二八八

割注

  • ○中略、新暦二十八日ニシテ
  • 刀和二年七月十七日ニ當ル
  • ○中略、新暦二十九日ニシテ
  • 兀和二年七月十六日二當ル
  • ○下

頭注

  • ノ風説
  • 忠輝自殺
  • 耶蘇會員
  • ノ煽動
  • 忠輝夫人

  • 元和二年七月六日

ノンブル

  • 二八八

注記 (30)

  • 629,629,62,353八月十九日、
  • 748,627,57,716此夜、死者の祭終了せり、
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