『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.386

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忍ひずして、遂に釋放するに至れり、, 開かれたる、唯一の避難所なる、癩病者の家に收容せられたり、されども此, に一人は僅かに四歳の幼兒なりき、領主は彼等の勇氣に感じ、之を〓すに, しが、其一人の妻なりしマリヤは、裸體のまゝ、馬上にて、市街を曳かるべし, 等の名譽ある信徒中には、甞て國君の長銃隊長にして三年前十四人の紳, 〓待の爲め、宿主等は殉教を爲すに至れり、六名の中二名は間もなく、ジヨ, 彼等は跛足となり、全身血に染みて、恐しき形相となりしが、彼等の爲めに, 士と共に追放せられしジヨアン・ハラ・モンドもありき、, と威嚇せられし時、何故に汝等は、我皮膚を〓がざるやと答へ、又一人は、吾, 豐後の秋月、及びアマチにては、六名の基督教徒、其家族と共に追放せられ, か首を刎ねし後にあらざれば、吾が念珠を奪ふことを得ざるべしと叫び, 鐵を以て、額に十字架を烙印せられ、又指先を切り、腿の筋を斷たれたり、此, 駿河に於ては、十一月一日、上流の基督教徒六名は、殘酷なる拷問を受け、〓, たり、, アン・クロビヤウエは其日の夕、ペドロ・カクスケは翌日死せしが、他の四名, 癩病院避, 原主水, 難所トナ, ケル迫害, 駿府ニ於, ケル迫害, 秋月ニ於, 元和二年八月八日, 三八六

頭注

  • 癩病院避
  • 原主水
  • 難所トナ
  • ケル迫害
  • 駿府ニ於
  • 秋月ニ於

  • 元和二年八月八日

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  • 三八六

注記 (24)

  • 1689,628,58,1079忍ひずして、遂に釋放するに至れり、
  • 402,627,62,2218開かれたる、唯一の避難所なる、癩病者の家に收容せられたり、されども此
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