『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.388

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ウエの家に滯在せり、, 所は最も安全なる避難所と見えたり、, め、隱れたる場所を求めつゝありき、, 師父は間もなく市内に入りて、婦人に精神上の救濟を與ふるに努め、暫く, の日曜日に、師父は多勢の者の面前にて、橄欖の枝を祝福しつゝ、信徒に對, と呼ばしむるに至れり、此等の哀なる基督教徒は、ヂンピリナを行はんた, 病者の數は凡五十人にして、其中ジエロニモと呼ばれし身分卑しからざ, ひて、危險の切迫せることを警告せり、之に拘はらず、師父は復活祭前の木, 四旬節の際には、教徒の〓心は實に驚くべきものありき、されど復活祭前, り、彼は一哩半を隔てたる癩病院に宿泊せんため、直ちに市を出でたり、癩, 同所に留れり、此時彼は加藤左馬殿の邸内に在る其家老シモン・サイビヤ, 此間に信徒多く來集し、其限なき〓心は、師父をして、彼等を精神上の狂者, なる殉教者の建てしものなり、癩病者は諸人より忌避せられしを以て、此, る者、彼等を支配せり、病院の内には一の小堂あり、こは一五九七年の幸福, 曜日まで留らんと欲しぬ、, 元和二年八月八日, 〓狂的信, 徒, 婦人ニ對, スル布教, 癩病院, 元和二年八月八日, 三八八

頭注

  • 〓狂的信
  • 婦人ニ對
  • スル布教
  • 癩病院

  • 元和二年八月八日

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  • 三八八

注記 (23)

  • 652,645,57,638ウエの家に滯在せり、
  • 1355,645,64,1148所は最も安全なる避難所と見えたり、
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