『大日本史料』 12編 32 元和五年十一月~同年十二月 p.371

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督にて、斯業を盛ならしめんが爲めに來れるものなりと、傳道士をして異, を聖母の御像の前に額き、日曜と聖祭日には、キリシタンたる己が召使に, き、告解を聞きたり、佐竹殿は正妻の外に一人の妾を近くの城に圍ひたり、, 來りて、能ふ限り鄭重にもてなしたり、此處にありて、パードレは鑛山の監, 教人の間に觸れしめたりしが、其後附近のキリシタンの間には、眞實の風, 説傳り、彼等は夜中群を成して集り來り、告解を爲し、祕蹟を受け、説教を聽, 獸皮を鬻ぐことを知りゐたれば、病院に近づきし時、パードレを案内せる, がら鑛山のこと、黄金の出づる山の質、位置などを語りつゝ、己が家に伴ひ, 者、衆人に達すべき大聲を擧げて賣るべき皮は無きか、有らば買はんと呼, 聞せり、パードレは仙北と秋田との二箇所に留ること半月に及べり、其後, ろ敬虔なる女人の生活を送りゐたりしこと疑ひなきが如し、彼女は數刻, 街道筋にある癩病院を訪ねんが爲めに、又一策を弄したり、即ち癩病者は, 彼女は餘す所なく教の道を聞きてより、數年を經たれども、尚妾たるが故, に洗禮を受くることを得ざりき、彼女は賤しき勤を爲すものなれども、寧, ばはれば、賣物あり、入り給へと答ふ、パードレは皮を見る風を裝ひて近づ, 佐竹義宣, 教ヲ信ズ, 癩病院, ノ辛耶蘇, 元和五年是歳, 三七一

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  • 佐竹義宣
  • 教ヲ信ズ
  • 癩病院
  • ノ辛耶蘇

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注記 (21)

  • 1686,618,63,2184督にて、斯業を盛ならしめんが爲めに來れるものなりと、傳道士をして異
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