『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.449

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十六日, 十七日, 此夜死者の祭行はれ、終夜蝋燭, として、大判一枚と、外に其家に錢二百を與へ、又途中にて錢四百を費せり、, りし皇帝の船の船員の助力を得て、辛うじて其目的を達せり〔然れども淺, りしを認めたり、故に包を開いて、新しく包裝をなし、此夜我等は、七リーグ, 通譯ゴルゼノと共に、該船を小川に入るゝに努力し、修繕の爲め小川にあ, 吹かざりき、我等は此夜荷物が雨に濡れしや否やを知る能はざりき、我等, て暴風雨となり、天候極めて不穩となりしが、其後終夜雨なく、風も亦多く, しき船夫の責に歸せざるべからず、, 變じて、忽ち強雨降り、終日止まず、午後に及んで殊に甚しく、更に夜に入り, 半なる岡崎と呼ばれし地に宿泊せり、我等は宮の旅宿の主人に、食事の代, 船は、船夫の怠慢に依り、難破の危險に瀕したりき、然れども我等の奉行は、, の船にてなしゝ如く、全部暴風雨に先ちて、上陸するを得ざりしは、實に惡, を掲げたり、, 我等の荷物は、豫想せし程甚しく濡れざ, 瀬を走りし爲め、危險少からざりき、〕, 今朝一天〓き曇り。東の烈風は、漸次南に, 和二年七月十四日ニ當ル, 和二年七月十五日ニ當ル, ○新暦二十六日ニシテ、元, ○新暦二十七日ニシテ、元, ○提燈, ナラン, 岡崎著, 元和二年八月二十日, 四四九

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  • 和二年七月十四日ニ當ル
  • 和二年七月十五日ニ當ル
  • ○新暦二十六日ニシテ、元
  • ○新暦二十七日ニシテ、元
  • ○提燈
  • ナラン

頭注

  • 岡崎著

  • 元和二年八月二十日

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  • 四四九

注記 (27)

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  • 628,630,56,197十七日
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