『大日本史料』 12編 26 元和二年雑載~元和三年三月 p.489

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一宗の法將、天下無双の大徳也と奏達度々に及ひ、其上彼徳業を百萬倍に, もいはれなく登城申付んより、彼宗の寺院を取立、其上住職申付る時、我前, 蓮寺の公事の時も、内證の事とも、國師へ談せられし程故、岩公も此人は我, すら御目見の事取持を願はれし故、終に兩上樣へ言上し、天海法印き、天台, 言上せられしかは、當大御樣、扨き其者召出すへし、此旨申傳置へし、されと, 事とも迄、内外となく相咄され、兩上樣の御心迄、うす〳〵御噂致され、公儀, 宗の扶護第一なること、吉水上人の時に、聖覺法印ありしことくと、宗門の, に國師對面を遂られし處、夫を縁にいたし、毎年四五度つゝ江戸へ出、土産, 勤方、其外武邊の事共、平生武家方と談話の趣、其外微細に噂の度毎に、ひた, 見之筋なき故に、國師をは、師匠のことく仰かれ、筑波山の眞言僧と、水戸菊, より出眞俗の龍象故、岩公出府の度毎に、國師へ相咄され、取持骨折ニ付、終, はゝ、此上もなき大恩成と、某共迄へも、莫大の進物を送り、田舍産物を持參, さられける、もとより拔群の法將なれとも、吹擧なくしてき、公方樣へ御目, 物叮嚀、其上平伏入魂常人より多く致され、公方樣へ御目見にても出來候, 面致され度む為、度々慶岩へ頼まれ候へは、兩人共一城主の子息と云、武門, 慶岩天海, 慶岩天海, 薦ム, 紹介ス, ヲ存應二, ヲ家康ニ, 元和三年正月二十一日, 四八九

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  • 慶岩天海
  • 薦ム
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  • ヲ存應二
  • ヲ家康ニ

  • 元和三年正月二十一日

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  • 四八九

注記 (23)

  • 527,636,71,2187一宗の法將、天下無双の大徳也と奏達度々に及ひ、其上彼徳業を百萬倍に
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