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也、相公感賞之、太守之心匠於是可見矣, 前守長政建立せり、高さ二丈八尺、兩柱の間二丈八尺、渡り三尺五寸、實に海, 五寸、兩柱につきめ一所つゝ有、兩柱の間、下ニ而二丈二尺有とかや、鳥居に, 額有、額の長サ四尺七寸、横二尺六寸七歩有、柱の銘には、元和四年四月十七, の下迄敷石より二丈壹尺、笠石の長サ六間二尺九寸、柱の太サわたり三尺, 月十七日御廟前に立らる、鳥居の高サ、敷石より笠石迄二丈八尺九寸、貫石, 橋迄利根川をのほせ、古賀より陸地をなり、宇都宮を通りて、日光山へ著、九, せさるへし、, 丈、徑數圍、盪自南海、達于山中、以爲華表、立之廟前、屹焉巍然、殆非人力所能及, 鳥居に作らせ、大船にのさて、南海を廻らし、武州隅田川より川船に移し、栗, 日よしるさり、西國より遙か成海陸をしのきて、大石を多く運ひ來り、寄進, し給ふ事、誠に厚き志也、石は永久に傳るもの成は、萬世迄も、御廟と共に朽, 筑州太守黒田公碑銘, 〔羅山先生文集〕, 明年夏四月、大相國薨、遂葬于野州日光山太守刪鉅石柱若干株於筑紫、長數, 〔明良洪範〕五今年九月十七日に至り、日光山御本社の石華表を黒田筑, 長政家臣竹森清左衞門貞幸に命し、筑前よ, 〓誌上, り日光山に差遣して、事を司さとらしむ, 下略, 四十一, ○上, 材運輸ニ, 鳥居ノ石, 關スル長, 政ノ差圖, 元和三年四月十七日, 五七
割注
- 長政家臣竹森清左衞門貞幸に命し、筑前よ
- 〓誌上
- り日光山に差遣して、事を司さとらしむ
- 下略
- 四十一
- ○上
頭注
- 材運輸ニ
- 鳥居ノ石
- 關スル長
- 政ノ差圖
柱
- 元和三年四月十七日
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- 五七
注記 (28)
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