Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
附録第四十五號の一一六一七年五月三日, となりし現状に滿足し、此世の中に他に求むるものなく、此の如く大なる, の身となりしまで、嘗て了解せしことなく、今世界の帝國の權力も、最も小, し以來、自ら十字架上に磔となり、或は刀の下に斃るゝの状、絶えず予の眼, に映ぜるに付き、神陛下に無限の感謝を捧げんとす、神を愛するが故に、少, 平安を與へ給へる我等が主に、幾千の讚美を捧げざる能はず、予が入牢せ, 聖書の言葉の意味深きと、又其與ふる精神上の力の大なるとは、予が獄中, しにても苦痛を受くる者を、此の如く慰め給ふ神は祝すべきかな、, 予が捕はれしより〓に十二日を經たり、予は神を愛するに依り、幽囚の身, となりたり, 附、伴天連, ジョアン・バウチスタ・デ・マチヤドより、長崎に在る長老に贈りし書状、, ○元和三年三月, ンを捕へしめしが、フランシスコは, 獄中に於て、司祭に任ぜられたり、, にり三日後に捕へられたり、彼は伴天連逮捕の際不在なりしが、フランシ, スコ派の服を著けて、公然領主の邸に赴きて教を説き、且彼の背教并に罪, 惡を責めんとせり、領主は宣教師門前に來りしことを聞きて大に怒り、且, 二十八日ニ當ル, ツーラは、關東武藏の國ポルレの産なり、彼はフランシスコ派に入りて〓, 領内に宣教師充滿せるを見て、少からず失望せり、而して直にこのイル, 育を受け、問答師となり、久しく師父アポリナリヨに從ひたり、彼は伴天連, 侍せし者五六名なり、唱歌師フランシスコ・デ・サン・ブエナベン, 此日本人は、彼の間答師マチヤス及びフランシスコ、并に彼に, 獄中ノ感, まちゃど, ノ捕縛ト, 〓, 〓歴, 〓なべん, つーらノ, 唱歌師ぶ, 元和三年四月是月, 一六九
割注
- ○元和三年三月
- ンを捕へしめしが、フランシスコは
- 獄中に於て、司祭に任ぜられたり、
- にり三日後に捕へられたり、彼は伴天連逮捕の際不在なりしが、フランシ
- スコ派の服を著けて、公然領主の邸に赴きて教を説き、且彼の背教并に罪
- 惡を責めんとせり、領主は宣教師門前に來りしことを聞きて大に怒り、且
- 二十八日ニ當ル
- ツーラは、關東武藏の國ポルレの産なり、彼はフランシスコ派に入りて〓
- 領内に宣教師充滿せるを見て、少からず失望せり、而して直にこのイル
- 育を受け、問答師となり、久しく師父アポリナリヨに從ひたり、彼は伴天連
- 侍せし者五六名なり、唱歌師フランシスコ・デ・サン・ブエナベン
- 此日本人は、彼の間答師マチヤス及びフランシスコ、并に彼に
頭注
- 獄中ノ感
- まちゃど
- ノ捕縛ト
- 〓
- 〓歴
- 〓なべん
- つーらノ
- 唱歌師ぶ
柱
- 元和三年四月是月
ノンブル
- 一六九
注記 (34)
- 1347,739,61,1334附録第四十五號の一一六一七年五月三日
- 995,662,68,2188となりし現状に滿足し、此世の中に他に求むるものなく、此の如く大なる
- 304,660,66,2183の身となりしまで、嘗て了解せしことなく、今世界の帝國の權力も、最も小
- 767,663,69,2188し以來、自ら十字架上に磔となり、或は刀の下に斃るゝの状、絶えず予の眼
- 651,660,70,2188に映ぜるに付き、神陛下に無限の感謝を捧げんとす、神を愛するが故に、少
- 881,661,68,2186平安を與へ給へる我等が主に、幾千の讚美を捧げざる能はず、予が入牢せ
- 421,654,67,2195聖書の言葉の意味深きと、又其與ふる精神上の力の大なるとは、予が獄中
- 539,660,66,1993しにても苦痛を受くる者を、此の如く慰め給ふ神は祝すべきかな、
- 1108,660,71,2196予が捕はれしより〓に十二日を經たり、予は神を愛するに依り、幽囚の身
- 1939,671,44,345となりたり
- 1339,2591,57,267附、伴天連
- 1224,741,68,2061ジョアン・バウチスタ・デ・マチヤドより、長崎に在る長老に贈りし書状、
- 1372,2104,45,466○元和三年三月
- 1494,679,45,1029ンを捕へしめしが、フランシスコは
- 1450,668,45,980獄中に於て、司祭に任ぜられたり、
- 1723,686,48,2157にり三日後に捕へられたり、彼は伴天連逮捕の際不在なりしが、フランシ
- 1674,683,52,2171スコ派の服を著けて、公然領主の邸に赴きて教を説き、且彼の背教并に罪
- 1604,676,50,2178惡を責めんとせり、領主は宣教師門前に來りしことを聞きて大に怒り、且
- 1331,2106,42,459二十八日ニ當ル
- 1838,676,48,2167ツーラは、關東武藏の國ポルレの産なり、彼はフランシスコ派に入りて〓
- 1561,665,50,2168領内に宣教師充滿せるを見て、少からず失望せり、而して直にこのイル
- 1790,674,52,2172育を受け、問答師となり、久しく師父アポリナリヨに從ひたり、彼は伴天連
- 1909,1035,46,1811侍せし者五六名なり、唱歌師フランシスコ・デ・サン・ブエナベン
- 1951,1028,50,1815此日本人は、彼の間答師マチヤス及びフランシスコ、并に彼に
- 1052,296,42,172獄中ノ感
- 1147,297,35,167まちゃど
- 1097,299,43,162ノ捕縛ト
- 1010,295,36,37〓
- 1820,299,43,88〓歴
- 1908,310,39,156〓なべん
- 1868,307,36,156つーらノ
- 1949,300,44,163唱歌師ぶ
- 210,728,45,345元和三年四月是月
- 200,2396,47,117一六九
類似アイテム

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 4 訳文編之1(上) 天文16年11月~19年10月 p.62

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 7 訳文編之2(下)天文23年12月~弘冶1年12月 p.5

『大日本史料』 11編 10 天正12年10月 p.410

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 6 訳文編之2(上) 天文21年12月~23年11月 p.39

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 8 訳文編之3 弘冶1年11月~永禄2年11月 p.146

『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.266

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 5 訳文編之1(下) 天文19年12月~21年11月 p.212

『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.213