『大日本史料』 12編 29 元和四年正月~同年十二月 p.324

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うせけり、其時親王の出立給ふ軍勢のさまをまなびけるとかや、又都鄙の, むろと覺ゆるとろや、巳の剋ばらりに、具足著てゑぼし著たる武者、馬にの, 門前にして、もろこしにて契約の神、父子夫婦五人、稻を荷て來り給ふを、大, りて十五騎、藤の杜乃前より、稻荷の社へ逸散にろずこむ、これは、そのかみ, 弘法大師入唐の時、異國の神あらはれて契約の事あり、御歸朝の後、東寺の, 童子、けふ菖蒲のかぶと、太刀をもてあそぶ事も、此祭をまなぶとなり、御位, は正一位なり、かくて早良親王は、延暦四年に、朝廷に逆心の事ありければ、, 淡路國に左遷し給ひ、つゐに彼國にして薨じ給へり、其惡靈おこりてしづ, て、一人馬にのりて渡る、その甲のおもき事、首はさながら胴の中へにえこ, り、御神を崇道天皇と申す、御神事には、天皇の御鎧甲を著し、御太刀をもち, 師すなはち今の稻荷山にしづめづつり給ふ、稻を荷て來り給へる神なれ, し給ふ、則御靈八所の其一なり、, まり給ざりしかば、神位をさづけ給ひしより、鎭まり給へり、崇道天皇と號, 此宮は、日本記を作り給ひし舍人親王なり、崇道盡敬皇帝と御をくり名あ, 〔案内者〕, 五月五日, 〕正月五日藤森祭, 藤森祭, 菖蒲甲ハ, 深草祭ニ, 傚フ, 神事, 元和四年五月五日, 三二四

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  • 五月五日
  • 〕正月五日藤森祭

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  • 藤森祭
  • 菖蒲甲ハ
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  • 傚フ
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  • 元和四年五月五日

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  • 三二四

注記 (24)

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