『大日本史料』 12編 29 元和四年正月~同年十二月 p.575

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て、毎度御覽有し其内に、清經の能に、すこ〳〵と還幸なし奉るといふ所, の所作、下間少進と大太夫と七太夫か三人仕分けたる事共を思召考へ, 目を懸らるゝに付、藤堂方ヘ走り入て隱れたり、七太夫き、大和の方へ迯, 行しか、その道にて、柳生但馬守通り合せしかは、これを頼まんと行向ひ, 行なり、大坂落城に及て、兩人共に落去つて、大太夫には藤堂和泉守常に, 其後御能の度毎に、渠等ろ藝を思召出さも、太閤御代、渠等ろ業を上方に, しを、柳生甚た呵して退かしむるを以て、夫より因みの者を尋て、是を便, て、見付次第に成敗せよと仰ありしろとも、兩人共に能く隱れ課せたり、, りて隱れ居たり、將軍家には、取分渠ろ御備に切り入りし事を御〓みに, 田左衞門佐に伴ひて、將軍の御備へ切り入る、大太夫は馬上、七太夫は歩, 〔猿樂傳記〕二四座并喜多座之始末, 喜多七太夫が家は、舊家にあらす、慶長年中、元祖七太夫は、鼻金剛か, 弟子にて、其父は堺の蛇谷の町に住せし扇屋なり、二十二歳の時、大坂合, 戰にて夏御陣なり、此時、金春の大太夫と共に、大坂へ籠城し、五月七日、眞, 參考〕, 元和四年八月二十八日, ○中, 略, 大太夫ヲ, 庇護ス, 太夫ノ大, 夫金春大, 坂籠城, 藤堂高虎, 喜多七太, 七太夫大, 和ニ隱ル, 鼻金剛, 元和四年八月二十八日, 五七五

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  • ○中

頭注

  • 大太夫ヲ
  • 庇護ス
  • 太夫ノ大
  • 夫金春大
  • 坂籠城
  • 藤堂高虎
  • 喜多七太
  • 七太夫大
  • 和ニ隱ル
  • 鼻金剛

  • 元和四年八月二十八日

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  • 五七五

注記 (30)

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