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我等は、日本の古き記念堂を巡覽し、殊に前皇帝大御所樣, 大な。る大佛殿即ち佛堂は、南北に長く建てられ、縱に百本の柱を一列に竝, 松林の間に在りて、外觀頗る美なり、, ち異教僧侶〕三百名を永久に扶持し、以て彼の靈魂の爲めに祈祷せしむる, 我等は皇帝に呈すべき、蘭人に對する告, 中迄予を出迎へたり、, 巡らし、其域内には、他に佛堂即ち禮拜堂〕あり、此等はすべて山腹の大なる, に於て、予が日本にて實見せし最も壯大なる建築なりき、其處には坊主「即, 念として建てられし佛堂即ち記念堂を見たり、こは其大さに於て、又結構, の記, あり、其状宛も羅馬舊教徒の内にて、律僧及び托鉢僧のなす所と同じ、又彼, 等は堂の周圍に宿舍竝に家屋を有せり、何れも豪奢を極め、方形に廻廊を, 其謄本二通を有せり、, 斯くて此夜夕食頃伏見に著きたるが、都の定宿の子息は、料理を調へて、途, 十六日、, 訴文を、書記ジョン君に起草せしめたるが、予は英文と日本文にて認めし, 十五日、, 今朝都に向け出發せり、, 和四年八月八日ニ當ル, 和四年八月七日ニ當ル, ○新暦二十六日ニシテ、元, ○新暦二十五日ニシテ、元, ○豐臣秀吉, ノ誤ナラン, 書記ヲシ, 京都ニ赴, 草セシム, テ訴状ヲ, 大佛殿ヲ, っくす, 巡覽ス, こっくす, 伏見, 元和四年九月是月, 六四五
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- 和四年八月八日ニ當ル
- 和四年八月七日ニ當ル
- ○新暦二十六日ニシテ、元
- ○新暦二十五日ニシテ、元
- ○豐臣秀吉
- ノ誤ナラン
頭注
- 書記ヲシ
- 京都ニ赴
- 草セシム
- テ訴状ヲ
- 大佛殿ヲ
- っくす
- 巡覽ス
- こっくす
- 伏見
柱
- 元和四年九月是月
ノンブル
- 六四五
注記 (35)
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