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及びファン・デ・サン・, アウグスチン會のパードレ・バルトロメ・グッチ, ルレス, ドミンゴ, 仕て冐四1ジくーた管, の日す歳ドヨベドる區, 奉しを十パレ驚パめを, や、直に舊知のバタアン傳道に從ひたり、人々は一六一六年に、彼を管區長, アに近きカンポスの地に生る、彼はサラマンクのサン・エチヱン, めに、且は貴下自身の利盆の爲めに往けと、パードレ●オ, チエルレスなり、當時新イスバニヤにては、耶蘇のいとも尊き御名を荷, ルスツチは傳道長の許に歸り、命を從順に受けたり、, へるアウグスチン管區繋華を極めたりき、グツチエルレスは、メキシコに, 基督教徒の家に生れたり、兩親は、アロンゾ・グツチエルレス及び, 〓リツピンに歸りたりき, 〓ナ・ロドリゲス・デ・エスピノザと云ふ、彼は一五八〇年九月四日、洗禮を受, パードレ・ファン・デ●サン・ドミンゴは、古カステイリヤのサナブリ, けたり、二三の歴史家は、誤つて彼の名にクイロスを加ふるも、眞の名はグ, 〓せり、彼は同船せる他の教師二名と共に、朝鮮に派遣せられたるものな, メにて僧職に就けり、一六〇一年、フィリツピンに行き、バターンとパンパ, て僧職に就き、一五九七年六月一日、誓願をなせり、一六○五年には、ロス・ア, 兩人は、其儘船に止りて、フ, ンガス地方及びバンガシナンにて職務を行ひ、此等の三種族の方言に習, へルスの修道院に在りしが、パードレ・エム・フライ・べドロ・ソリエルと共, パードレ・グツチエルレスは、メキシコにて、イスパニヤ系の古き, にフィリッピンに赴く許可を得たり、一六〇六年二月十二日、アカプルコ, 果して神に仕ふる道なりやと、カルデロンは、オルスッチを直視して曰く, 報知に依り、彼は日本に送られんことを望み、まづゼズス會のコレジヨに, して、かゝる新しき事業を始め、且極めて難解なる言語習得の勞を冐すは、, 年齒素より若しとはいふべからず、されど御主に對する最大の奉仕の昼, ランシスコ・カルデロンに諮りたり、オルスツチ尋ねて曰く、四十四歳に, エめて、長らく日本に滯在し、サン・ドミンゴの僧院長の親友たるパードレ, となさんと欲せしが、彼は己を選ばんとする考を思ひ止まらしめたるを, 〓が、朝鮮の傳道は行ひ難かりしかば、パードレ・ファンは、日本に來り、他の, 以て、パードレ・フライ・ベルナルド・サンテ・カトリーヌ選ばれたり、パードレ, オルスッチは、事務係の資格にて僧會員に加れり、日本の教會の驚くべき, や、直に舊知のバタアン傳道に從ひたり、人々は一六一六年に、彼を管區長, 〓著せり、彼はマニラのサン・ボールにて修道院に入り, 大直のくたの會たらに, 長崎ニ來, ばるとろ, んご長崎, ふあんで, さんどみ, めぐっち, ニ來ル, えるれす, ル, 元和四年是歳, 三四
割注
- アに近きカンポスの地に生る、彼はサラマンクのサン・エチヱン
- めに、且は貴下自身の利盆の爲めに往けと、パードレ●オ
- チエルレスなり、當時新イスバニヤにては、耶蘇のいとも尊き御名を荷
- ルスツチは傳道長の許に歸り、命を從順に受けたり、
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- 基督教徒の家に生れたり、兩親は、アロンゾ・グツチエルレス及び
- 〓リツピンに歸りたりき
- 〓ナ・ロドリゲス・デ・エスピノザと云ふ、彼は一五八〇年九月四日、洗禮を受
- パードレ・ファン・デ●サン・ドミンゴは、古カステイリヤのサナブリ
- けたり、二三の歴史家は、誤つて彼の名にクイロスを加ふるも、眞の名はグ
- 〓せり、彼は同船せる他の教師二名と共に、朝鮮に派遣せられたるものな
- メにて僧職に就けり、一六〇一年、フィリツピンに行き、バターンとパンパ
- て僧職に就き、一五九七年六月一日、誓願をなせり、一六○五年には、ロス・ア
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- ンガス地方及びバンガシナンにて職務を行ひ、此等の三種族の方言に習
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- にフィリッピンに赴く許可を得たり、一六〇六年二月十二日、アカプルコ
- 果して神に仕ふる道なりやと、カルデロンは、オルスッチを直視して曰く
- 報知に依り、彼は日本に送られんことを望み、まづゼズス會のコレジヨに
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- 年齒素より若しとはいふべからず、されど御主に對する最大の奉仕の昼
- ランシスコ・カルデロンに諮りたり、オルスツチ尋ねて曰く、四十四歳に
- エめて、長らく日本に滯在し、サン・ドミンゴの僧院長の親友たるパードレ
- となさんと欲せしが、彼は己を選ばんとする考を思ひ止まらしめたるを
- 〓が、朝鮮の傳道は行ひ難かりしかば、パードレ・ファンは、日本に來り、他の
- 以て、パードレ・フライ・ベルナルド・サンテ・カトリーヌ選ばれたり、パードレ
- オルスッチは、事務係の資格にて僧會員に加れり、日本の教會の驚くべき
- や、直に舊知のバタアン傳道に從ひたり、人々は一六一六年に、彼を管區長
- 〓著せり、彼はマニラのサン・ボールにて修道院に入り
- 大直のくたの會たらに
頭注
- 長崎ニ來
- ばるとろ
- んご長崎
- ふあんで
- さんどみ
- めぐっち
- ニ來ル
- えるれす
- ル
柱
- 元和四年是歳
ノンブル
- 三四
注記 (50)
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