『大日本史料』 12編 31 元和五年七月~同年十月 p.344

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なり、ピエトロは八月十一日, ひて、更に動ずる所なかりき、, 都の牢獄に於けるキリシタン八名の死, なりき、ミケーレは五月十七日, 來らざる殉教にうち負かされ、彼等のうち下の八名は昇天して、天帝の恩, なりき、かくして飢〓と寒〓とに非常に責めさいなまれ、遲々として未だ, ふに足るべし、されば病囚の悲歎は寔に道理にして、同情の言葉もなき程, 日本の牢獄は非常に慘憺たるものにして、疫癘の發生所なり、歐羅巴の最, 賞に與りぬ、先づ第一に死したる者は、京都の生れなるミケーレとピエト, なる大氣に觸れ、冷却凝結し、小さき雫となりて落つといへば、其全豹を窺, の牢獄といへば、誠に兎の穴の如く、囚人の吐く息は上に昇りて、自由新鮮, ロとなり、いづれも二歳の小兒にして、これぞ正しく、かくも戰慄すべき腐, 敗物と汚物との中に於て摘みとられたる、樂園の二本の美しき百合の花, 下等の牢獄も、之に較ぶれば、廣々として居心地よき住居なるべし、殊に都, に死して、彼の兩親に先立ちた, りしが、彼の兩親は彼の後を追はんとはせざりき、殘りの六名は年長の人, に死して、彼の祖先の導者と, ○元和五年四, ○元和五年七, 月四日ニ當ル, 月二日ニ當ル, 病ノ發生, 宇獄ハ疫, 獄死セル, 京都ノ宇, 人々, 獄, 所, 元和五年八月二十九日, 三四四

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  • ○元和五年四
  • ○元和五年七
  • 月四日ニ當ル
  • 月二日ニ當ル

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  • 病ノ發生
  • 宇獄ハ疫
  • 獄死セル
  • 京都ノ宇
  • 人々

  • 元和五年八月二十九日

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  • 三四四

注記 (30)

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