『大日本史料』 12編 31 元和五年七月~同年十月 p.532

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關らざる故、抄せず、この序文に甲午とあるは、文祿三年甲午なり、甲午三, たれば、其前年の冬より翌年夏四月まで逆旅に在しこと確然たり、其逆, 月、甲午四月、并に逆旅にあると見え、且其詩句に、槐夏風清麥已秋と賦し, 右の詩は、序文に所謂小詩三章とある第一篇なり、其餘の二篇は、參考に, 意を考ふに、寺名を正龍寺といへる故に、僧龍蟠處〓巖局と、僧龍の縁語, 僧龍蟠處〓巖〓吟向東風地亦靈、雲外欲昏鐘聲濕、小樓春雨碧冥々、, 欽書小詩三章云々、, を用ひしならん、又惺窩、問得和尚より四書訓點等を借て寫し、且其疑義, 文祿甲午四月朔日、乃家嚴十有七年之正諱也、偶在逆旅、不耐震悼涕慕之至、, 右詩は、吾藩の舊説に、惺窩正龍寺に滯留せし時所作といふ、今竊に詩の, 旅とは、蓋山川をいへるなるべし、, 十七年來憂更憂、異郷異客泣啾々、薦新禮典無因備、槐夏風清麥已秋、, 又家君忌日詩序, 之遠遊之久云々、, 春寺鐘聲, ストノ説, テ詩ヲ賦, 正龍寺ニ, 元和五年九月十二日, 五三二

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  • ストノ説
  • テ詩ヲ賦
  • 正龍寺ニ

  • 元和五年九月十二日

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  • 五三二

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