『大日本史料』 12編 31 元和五年七月~同年十月 p.535

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り、或曰、此詩、惺窩山川正龍寺にて作るならん首句に、杏壇春暮事吟遊と, 事を用ひたるは、其相手は出家なること明白にて、彼問得和尚を指せる, と隱士李源とに出て、出家と在家との交りに限り用ひ來れり、惺窩此故, るは、是山川の蹤跡を忌て、人名を匿せし事情は、識者を待ずして昭然た, 何某に逢ふと人名を出すべきに、逢關西故人と記して、其人名を出さゞ, なり、此惺窩の問得和尚に恩義を謝して作れるなるべし、又此詩の題は、, 題は、忌諱を避て改めしに似たりと、今此詩を考ふに、山川、京都を論ぜず、, の後蘇東坡、陳簡齋、趙子〓等諸賢の詩に是を引用せり、此故事は、僧圓澤, 令速生、三日浴兒、願公臨顧、以一笑爲信、後十三年、於杭州天竺寺外、當與公, は、恐らくは、惺窩山川に春暮を過て留滯せしなれば、是をいふならん、彼, 惺窩の問得和尚に贈りし作なるは、詩の意にて知るへし、吾藩の舊説、蓋, 慚愧情人遠相訪、此身雖異性常存、源曰、澤公健否、答曰、李君眞信士云々、そ, 其約也、果於杭州天竺寺前有牧童、歌曰、三生石上舊精魂、賞月吟風莫要論、, 相見、源悲哀具浴、至暮澤亡、三日源往視之、兒見源而笑、後如期自洛之呉、赴, 其實を得たる歟、, 元和五年九月十二日, 五三五

  • 元和五年九月十二日

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  • 五三五

注記 (17)

  • 735,713,76,2120り、或曰、此詩、惺窩山川正龍寺にて作るならん首句に、杏壇春暮事吟遊と
  • 1196,711,75,2117事を用ひたるは、其相手は出家なること明白にて、彼問得和尚を指せる
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