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りと説く俚諺は、實に妾がことゝ思はるゝなりと、, すこと能はず、寶の山に入りながらも、手を空しうして歸るものは乞食な, したり、彼の死によりて、日本の教會は其父を失ひ、ゼズス會は唯一の保護, し健氣なる生活を送りたり、余は多くの事柄を、殊に彼の苦行及び美徳に, 受けしが、其當時より既に卓越せるキリシタンの譽高き典型と目せられ, 多數の者を信教に導き、〓に棄教を勸められしが、常に最も堅固に己を持, めん、彼は四旬節中、毎日救世主の五つの聖痕を崇めて、自ら我が身を五箇, 所〓きて傷けたり、彼は多年、其大敵たる人々の爲めに斷えず祈りたり、又, 就きて語ることを得べきも、茲には二三特筆すべきことを記述するに止, 者を失ひたりしなり、其妻マリヤ及び娘ルチヤは、同じ最期をば遂げんこ, とを切望し、ルチヤは下の如き書翰を管區長に書き送りたり、妾が父に死, 高槻城下なり、十二歳の時、パードレルドヴィコ・フロイオの手にて洗禮を, 何事も行はれず、唯茫然として途方に暮れ居るのみにして、其樣言語に盡, 豐後のヒゴ城に於けるバルダッサルロ・加賀山半左衞門及び其子ヂ, 罪の令状來りたる夜、妾も亦血を流すべしと堅き希望を抱きたるに、爾來, まりや及, 隼人ノ妻, 失フ, 保護者ヲ, 死ニヨリ, ぜずす會, ビ女るち, や共ニ殉, テ唯一ノ, ハ隼人ノ, 教ヲ切望, 元和五年是歳, 三五七
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- まりや及
- 隼人ノ妻
- 失フ
- 保護者ヲ
- 死ニヨリ
- ぜずす會
- ビ女るち
- や共ニ殉
- テ唯一ノ
- ハ隼人ノ
- 教ヲ切望
柱
- 元和五年是歳
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- 三五七
注記 (28)
- 393,637,60,1493りと説く俚諺は、實に妾がことゝ思はるゝなりと、
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