『大日本史料』 12編 32 元和五年十一月~同年十二月 p.358

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て教の爲めに追放せられ、屈服し難き勇氣を以て、許多の艱苦に耐へ、遂に, いとも光榮ある此消息を彼女等に傳へ、彼をして斯くも容易に榮光に到, る後、飽くまでも艱苦に耐へ、斷じて之に屈せざるやう、彼女等一同に一人, かりし時、圖らずも、一人の使者其面前に現るゝを認めたりしが、使者は彼, 〓サルロ、同じく信教の科により斬首せられたり、是等兩人は、共に殿の家, に謝したる後、母ヂュスタ、妻ルチヤ及び娘テクラの居間に入りたり、彼は, 達せしめ給ひしことを、あらゆる幸福の賦與者たる神に幾度も感謝した, 同月同日、豐後國に於て、前に述べたるディエゴの義兄弟にあたるバルダ, がキリシタンたることを唯一の理由として、彼に死罪の宣告を齎せしな, ヂャコモと云ふ四歳なる一子と共に生命を失ひたり、彼が勤行に餘念な, り、彼は顏色を變ずることなく、寧ろ口許に微笑を湛へ、晴れやかに、懇に殿, 後國の各所に於て、殿の年貢の取立を掌れり、彼は富有なりしも、此地に於, 々々勸告せり、彼が斯く熱誠を籠めて語りつゝありし時、刑吏は進み出で, 臣たりしものにして、バルダッサルロは豐前の領主越中殿の領分なる豐, ヤコモの殉教, 忠興加賀, 門ヲ刑ス, 山半左衞, 元和五年是歳, 三五八

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  • 忠興加賀
  • 門ヲ刑ス
  • 山半左衞

  • 元和五年是歳

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  • 三五八

注記 (20)

  • 1214,637,72,2179て教の爲めに追放せられ、屈服し難き勇氣を以て、許多の艱苦に耐へ、遂に
  • 515,660,75,2171いとも光榮ある此消息を彼女等に傳へ、彼をして斯くも容易に榮光に到
  • 286,663,74,2171る後、飽くまでも艱苦に耐へ、斷じて之に屈せざるやう、彼女等一同に一人
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