『大日本史料』 12編 32 元和五年十一月~同年十二月 p.458

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

の如く袋, る、是も古は田甫にく有し也、今芳心寺の山下より宮内あたり迄の沼澤を, ノ割ヲ以テ築ケル間、半ハ成就シ、未成處ハ其儘ナリシト云ヘリ、, 一向〓水の堀とは成物なり、當時に到りくも、岩倉、卯垣邊の田甫を見れば、, も埋て、新田に被成たる也、後世次第に繋昌に成て、田甫を潰して町小路を, ゟ關留て田地となし、一瀬にしく、直に大杭村の方に流し、今, の繋昌に隨く、御城下も家込に成て、自然と内曲輪の川筋を埋出して、今は, 圍ひに土手を築さ、昔しの湊川の筋は内曲輪の要害となり、今太平百億年, 作り、町屋、侍屋敷軒を竝へ、甍をならべり、今も江崎の惣門外ゟ丹後町に至, 筋は殘れる物と見へたり、是ゟ下吉方邊、今の權現道迄、平一面に平陸とな, ての川筋をば埋られず、惣門外の惣堀に用ひらるゝ、是に依て、昔しの湊川, 片下りに高ひく在て、又落くぼの如く成所多し、さすれは、埋ても、昔しの川, 元和三年ゟ備陽侯の御領内となりて、, 川へ流れたる也、袋川は因幡川の末にて、小川成しを、川幅を廣くなして、惣, 鳥取の御城下を御廣めなされ、袋川の土手内は御家中諸士の居屋敷に下, し賜わるが故に、阜をほり、川を埋めし也、此時、因幡川を宮の下の村はづれ, 〔因府録抄〕〓, ノ○, 暦頃, ○寶, コトニカヽル, 下略, ○上略、鳥取ノ地理, ○上, 永轉封ノ, レドモ寛, 經營, 際未ダ完, 城下町ノ, 成セズ, 元和五年是歳, 四五八

割注

  • 暦頃
  • ○寶
  • コトニカヽル
  • 下略
  • ○上略、鳥取ノ地理
  • ○上

頭注

  • 永轉封ノ
  • レドモ寛
  • 經營
  • 際未ダ完
  • 城下町ノ
  • 成セズ

  • 元和五年是歳

ノンブル

  • 四五八

注記 (32)

  • 1348,2588,55,261の如く袋
  • 523,655,65,2199る、是も古は田甫にく有し也、今芳心寺の山下より宮内あたり迄の沼澤を
  • 1804,652,71,1928ノ割ヲ以テ築ケル間、半ハ成就シ、未成處ハ其儘ナリシト云ヘリ、
  • 873,662,65,2207一向〓水の堀とは成物なり、當時に到りくも、岩倉、卯垣邊の田甫を見れば、
  • 406,652,67,2201も埋て、新田に被成たる也、後世次第に繋昌に成て、田甫を潰して町小路を
  • 1339,645,64,1777ゟ關留て田地となし、一瀬にしく、直に大杭村の方に流し、今
  • 989,651,66,2194の繋昌に隨く、御城下も家込に成て、自然と内曲輪の川筋を埋出して、今は
  • 1107,644,66,2211圍ひに土手を築さ、昔しの湊川の筋は内曲輪の要害となり、今太平百億年
  • 288,654,69,2194作り、町屋、侍屋敷軒を竝へ、甍をならべり、今も江崎の惣門外ゟ丹後町に至
  • 638,647,68,2203筋は殘れる物と見へたり、是ゟ下吉方邊、今の權現道迄、平一面に平陸とな
  • 173,660,70,2191ての川筋をば埋られず、惣門外の惣堀に用ひらるゝ、是に依て、昔しの湊川
  • 757,646,64,2207片下りに高ひく在て、又落くぼの如く成所多し、さすれは、埋ても、昔しの川
  • 1692,1719,62,1150元和三年ゟ備陽侯の御領内となりて、
  • 1221,644,66,2213川へ流れたる也、袋川は因幡川の末にて、小川成しを、川幅を廣くなして、惣
  • 1568,641,68,2207鳥取の御城下を御廣めなされ、袋川の土手内は御家中諸士の居屋敷に下
  • 1453,642,67,2215し賜わるが故に、阜をほり、川を埋めし也、此時、因幡川を宮の下の村はづれ
  • 1665,607,98,425〔因府録抄〕〓
  • 1680,1145,77,46ノ○
  • 1332,2444,41,115暦頃
  • 1376,2445,40,111○寶
  • 1680,1189,31,428コトニカヽル
  • 1798,2589,38,104下略
  • 1718,1158,41,522○上略、鳥取ノ地理
  • 1841,2584,39,109○上
  • 1811,290,44,161永轉封ノ
  • 1857,296,42,161レドモ寛
  • 1550,288,41,79經營
  • 1769,290,41,164際未ダ完
  • 1594,287,42,163城下町ノ
  • 1727,289,38,117成セズ
  • 1918,722,43,253元和五年是歳
  • 1927,2455,41,122四五八

類似アイテム