『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.151

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に、このとを御座にめされ、太閤在世のときより、直忠懇切を致し、伏見に, をあたへらる、太閤他界のゝち、病によりて、京師に閑居す、慶長四年七月, みたてまりり、仰によりて、新庄越前守直定とおれしく、今里の附城を, 守る、元和元年正月、御歸陣のとき、男直氏と共に御供に候し、駿府にいた, 三日、東照宮、伏見向島にうつらせたまふ乃とき、食籠一荷をたてまつり, 國安濃五郡のうちにをいて、一万四千六百石餘の地を領し、封地の朱印, 安んせむろため、朝鮮八道の觀察使十六人をよひ安撫使等を遣はし、各, 隆、糟屋内膳正數正とゝもに太閤の命を奉し、彼國の人民等ろこゝあを, 板倉伊賀守勝重をしてめされしろは、大坂におもむき、住吉にをい〓ま, 三郎直頼等と共に、伏見の御館を警固す、十九年十一月二十二日、所司代, 藏す、乃ち太閤よりしは〳〵加恩ありて、近江國淺井、蒲生、坂田、栗太、伊勢, 元年、小西行長、加藤清正等と共に朝鮮の役に發向し、六月、太田小源五宗, しかは、親筆の御書を下さる、この年、洛中洛外靜ならす、これにより、兄新, 其地に歸住すへきむ〓、連署の〓文を作りて、こきを諭す、その按、今家に, すなはちこもれり、後青蓮院尊長親王、この松乃記の和文を贈らる、文祿, 元和六年正月二十五日, 朝鮮觀察, 同按撫使, 使, 一五一

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  • 朝鮮觀察
  • 同按撫使
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  • 一五一

注記 (20)

  • 292,713,62,2101に、このとを御座にめされ、太閤在世のときより、直忠懇切を致し、伏見に
  • 1095,710,61,2107をあたへらる、太閤他界のゝち、病によりて、京師に閑居す、慶長四年七月
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