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をしゆもんと名付、執事の三番とす、, て、名を修理大夫と改、天下大工の棟梁に被仰付、屋敷を被下、出頭なれば、諸, なり、傍に臥居たり、互に顏を見合せ、耻敷は思へ共、近く打寄、昔を語り、宿業, にもきらはれ、所の住居も無面目、終に京に登り、こもかぶりの身と成、是も, 四海を掌に握り、天下一統に治給ふ、然るに南蠻寺切支丹宗門、永祿十一ゟ, 東寺の邊を徘徊し、或時東寺の囘廊の下にて、同國安左衞門も見苦敷姿と, し給ふ、其故に此宗門次第に繁昌し、門徒成者には金銀衣服をあたへ、五畿, 何卒引入んと思ひ、色々工夫をなしける處に、其頃中井半兵衞と云上手戊, けるが、破天連共思ひけるは、秀吉公は信長と違、此宗門を崇敬したまはず、, 天正十三迄十八年之間繁昌しけるが、秀吉公天下と成て、終に此宗門を滅, 大工有、古今名人にて、秀吉の御意に入、常々御側に近く被召、後には出頭し, を悔み、日を送りける處に、南蠻寺ゟ此兩人をも連行、二人共に本腹し、衣服, 七道末寺孫末寺迄出來て、次第に門徒弘りける、其後秀吉淀の城に居給ひ, 後羽柴筑前守中國の軍中ゟ登り、明智を亡し、秀吉は後關白、大閤となりて、, を貰ひ、美食にあき、安左衞門をごうずまうと名付、執事の貳番とす、善五郎, 其, ○中略、織田信長、南蠻寺ヲ破却セヽ, ーシテ、之ヲ中止スルコトニカヽ〃, 大夫, 大工棟梁, 中井修理, 菰被り, 元和六年正月是月, 一八三
割注
- ○中略、織田信長、南蠻寺ヲ破却セヽ
- ーシテ、之ヲ中止スルコトニカヽ〃
頭注
- 大夫
- 大工棟梁
- 中井修理
- 菰被り
柱
- 元和六年正月是月
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- 一八三
注記 (24)
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