『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.184

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るは、京都本寺方の出家也、用事に付泉州堺迄參り、今日歸京の處、思ひの外, 人の用ひも強し、屋敷には母と下女計也、修理は常に淀の城に詰居相勤む、, 先彼が母を進め入んと思ひ、或時はびやん、供〓り美しき乘物に乘、日暮時, 日暮に及候、今物騷の折柄なれば、夜分に都へ歸るも難儀に存候、御屋敷を, 淀に著き、修理が母の門前に乘物を立させ、若黨を以、修理の母へ申遣しけ, 見掛、一宿を相頼候と申遣しければ、母は誠と思ひ、主は留守にて候得共、貴, に引入るにしくはなし、左あらば、天下の大工多くは宗門に可入と思案し、, 事はびやん方ゟ參上仕候、はびやん申付候、此間は始ての所一宿仕、其上御, 念頃に挨拶しけり、はびやんは忝しと一宿し、翌朝未明に支度して、段々御, 馳走忝と、厚く一禮をいふて、京都へ歸りけるが、一兩日過て、侍に草履取添、, れば、見苦敷候得共、隱居へ御渡り候て、緩々御休足候得かしと、母も迎に出、, 然るに南蠻寺の知事はびやん思は、秀吉公に取入には、此修理大夫を宗門, 挾箱、釣臺を荷せ、修理が屋敷へ來り、口上をのべて云、某は京都南蠻寺の知, き御僧の、屋敷を見かけて御頼とあればもだしがたし、併おもやは如何な, 馳走に預り、忝存候、爲御禮使を以申候とて、緞子五卷、伽羅一斤、其外珍物臺, 中井修理, はびあん, 大夫ノ母, ニ宣教ス, 元和六年正月是月, 一八四

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  • 中井修理
  • はびあん
  • 大夫ノ母
  • ニ宣教ス

  • 元和六年正月是月

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  • 一八四

注記 (21)

  • 1198,635,62,2171るは、京都本寺方の出家也、用事に付泉州堺迄參り、今日歸京の處、思ひの外
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