『大日本史料』 12編 34 元和六年七月~同年閏十二月 p.87

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十二月二十三日、, 外ならずと述べたり、, 囘支給せられ、蕪菁の〓たるものに、少量の水と鹽とを添へ、一〓の米を與, 責を受けて之を宣言せしに非ず、全く余の自由意志に出でたるものにし, を包むばかりなり、余は法衣を著けし儘寢に就くを常とす、食事は日に二, て、憐むべき日本人等が、余の何人たるかを知らざりし故に、之を行ひしに, て、風を防ぐ術も、また寢所に漏るゝ月光を遮る術も講ぜられず、風雨を凌, せしが、彼等の賞讃を博し、之に多大の滿足を與へたり、權六は余が宣誓を, 帝に捧呈すべき調書を作成せり、余は宣言を記入し、師父等は附言を加へ、, 附録第七十號二同書ユウキノシマに於ける彼の苦難に關して、, 行ふことなかりしに注目せし旨を述べたり、人々は、簡略なる書式にて、皇, 余は更に之に署名を施したり、紙背に、大意を日本文にて記入せり、余は苛, ぐ爲めには、たゞ賤しき着物〔日本服、袖なき長衣の一種なり〕と法衣とに身, 到著せり、爾來主の與へ給ひし此の王宮に在り、四周風に曝され、酷寒に苦, めらるゝと雖も、余は之を牢獄と呼ばず、實に此の住居は、原野の中に在り, 余は喜びと慰藉とに滿ちつゝ此の島に, ○元和七年十一, 月十一日ニ當ル, ケル生活, ノ食事, 壹岐ニ於, 日ニ二囘, 元和六年七月六日, 八七

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  • ○元和七年十一
  • 月十一日ニ當ル

頭注

  • ケル生活
  • ノ食事
  • 壹岐ニ於
  • 日ニ二囘

  • 元和六年七月六日

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  • 八七

注記 (24)

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  • 1216,630,58,638外ならずと述べたり、
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  • 1916,639,60,2179せしが、彼等の賞讃を博し、之に多大の滿足を與へたり、權六は余が宣誓を
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