『大日本史料』 12編 34 元和六年七月~同年閏十二月 p.107

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信じ、之を拿捕せし由を告げたり、, 二〇年八月, ぜられたり、されど二修道士は姿を變へしまゝ、自ら明言せし所にあらざ, とりて最も喜ぶべきものなりき、彼等の奪掠を隱蔽し、同船を拿捕する爲, 此の異教徒の言によりて、船長平山を始め、乘組員は悉く捕へられ、獄に投, は單に同船を奪掠するに甘んずべきなりき、即ち彼等は之を捕へて平戸, 組員十名に過ぎざる日本船は、程なく降伏するの餘儀なきに至れり、總て, 及びて、人々は遂に其の法服と免許状とを發見せり、此の發見は、和蘭人に, の人々は其の衣服を〓がれ、搜査を受けたり、二修道士の衣類を檢するに, めに、理に適へる口實を得べきを以てなり、若し此の口實なき時には、彼等, に曳航せり、船長は直に王の許に至りて、彼が海上フィリッピンより來れ, る二名の修道士を乘せたる日本船に遭遇し、皇帝陛下の利に背くものと, 船なりともいふ、兩船の勢力は比較すべくもあらず、乘客を合して、僅に乘, なりき、彼等はフォルモサ島と支那, との間に於いて、エリザベス號と稱する和蘭船に出會ひたり、或は英吉利, に遭遇せし爲め、彼等は止むを得ず同港に入れり、此處を出帆せしは、一六, 同年八月四日マデ一當ル, ○元和六年七月三日ヨリ, 以下乘組, 船長平山, ノ告訴, 和蘭船長, 乘組員十, ザル日本, 名ニ過ギ, 船和蘭船, 員ノ幽囚, ニ捕ハル, 元和六年七月六日, 一〇七

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  • 同年八月四日マデ一當ル
  • ○元和六年七月三日ヨリ

頭注

  • 以下乘組
  • 船長平山
  • ノ告訴
  • 和蘭船長
  • 乘組員十
  • ザル日本
  • 名ニ過ギ
  • 船和蘭船
  • 員ノ幽囚
  • ニ捕ハル

  • 元和六年七月六日

ノンブル

  • 一〇七

注記 (30)

  • 516,655,60,990信じ、之を拿捕せし由を告げたり、
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