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あり、石塔左面竿石の中程に、〓如此の形に彫刻してあり、土人の傳へに、如, 竿石の中央に、養善院日章靈位、右の側に、明暦元年、左の側に、五月十五日と, 藏なりとて、硯石一面、本佛寺に殘れり、又翁の墓とて、安房村の中程、河畔に, 割り、山水を引て民家に通に、居民今に到て其利を得たり、凶年に遭ふ、粟, を散して衆を救ふ、微しき餘粟あり、家人是を畜ふ、竹其故を問ふ、是君か, を贈る者あれは、辭せすして納む、衆或は汚とす、初屋久嶋の地たお、海濱, 石塔の形、上に笠石あり、中に竿石あり、其高さ三尺餘、下に一重の臺石あり, に家居し、水の鹹を苦む、如竹歸て、盡く金を散し、人を傭て、山を穿ち石を, 竹といふ字のくづしなりといへり、又七字ならんと云説もあり、如竹翁所, はくならす、粟を飢人に分ち賜ふ、於是死を免お、, 食なり、竹曰、人餓は死なんに、獨生を貪るの理あらんや、終に散し盡す、幾, あり、其塔五輪にて、臺石三重あり、東に向ふ、其死體を眞に葬りし所と云傳, 人墓地の入口にあり、寛陽公より命ありて建といふ、土人參詣する者多し、, 如竹翁墓安房村本佛寺の内、諸, 〔三國名勝圖會〕, 元和六年九月三十日, ○下略、如竹、藤堂高虎ニ, 屋久島舊跡, 仕フルコト等ニカヽル、, 五十大隅國馭謨郡, ニ異ルコトナシ、, 前掲補遺鳩巣文集, 穿チテ水, 散ジテ衆, 凶年粟ヲ, 島中山ヲ, 本佛寺ノ, 法名, ヲ通ズ, 遺愛ノ硯, 安房河畔, ヲ救フ, ノ墓, 墓, 四〇八
割注
- ○下略、如竹、藤堂高虎ニ
- 屋久島舊跡
- 仕フルコト等ニカヽル、
- 五十大隅國馭謨郡
- ニ異ルコトナシ、
- 前掲補遺鳩巣文集
頭注
- 穿チテ水
- 散ジテ衆
- 凶年粟ヲ
- 島中山ヲ
- 本佛寺ノ
- 法名
- ヲ通ズ
- 遺愛ノ硯
- 安房河畔
- ヲ救フ
- ノ墓
- 墓
ノンブル
- 四〇八
注記 (35)
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