『大日本史料』 12編 34 元和六年七月~同年閏十二月 p.647

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給はざりしとらや、彼僧は、後に觀智國師と申せし也、, りぬ、さありては、勝利成難しと答ふ、重て問はせ玉ひけるは、いらゝしてか, 死の者を過去帳に載せさせ、いみじく吊ひ給ひし後、三州大樹寺にて、淨土, 相承五重血脈等殘らず受得し玉ひ、稱名六万遍の日課、戰場にても、尚怠り, へは、必ず負ケさせ給へし、其故は、敵を偏にとりひしく御氣色顯れさせ侍, 勝利を得べき、僧のいわく、御心偏に天下を治平にし、万民を安泰ならしめ、, 神社佛閣の廢頽を興隆せんと、大悲の鎧を召させ、〓一人を討ては、佛敵、神, 敵をこそ降伏せしと思召候へかしと、委く示し申されけれは、大ひに御感, 有て、誠に此義道理に當れり、いさゝせとて、關ケ原に誘引し玉ひ、自他の戰, 淨土宗の所化なりと有しかは、則御側近く召れて、合戰の吉凶を問はせ玉, 〔羅山林先生詩集〕, 髣髴給孤園、飛廉倒大門、遠公名已久、善導法猶存、悲願雖扶女、哀鳴屡繋猿、始, 名けしとなむ、又大原より下れりとも云、, 知蓮社内、更有國師尊、, 〔落穗雜談一言集追加〕六神君關ケ原御發向の道にて、旅僧を見給ふて、, 増上寺, 元和六年十一月二日, 余入寺時、, 庭前有猿、, 元和丙辰紀行, 一紀行一, 合戰ノ發, 途ニ當リ, 家康關原, 存應ト問, 林道春ノ, 答ストノ, 詩, 説, 元和六年十一月二日, 六四七

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  • 余入寺時、
  • 庭前有猿、
  • 元和丙辰紀行
  • 一紀行一

頭注

  • 合戰ノ發
  • 途ニ當リ
  • 家康關原
  • 存應ト問
  • 林道春ノ
  • 答ストノ

  • 元和六年十一月二日

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  • 六四七

注記 (31)

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