『大日本史料』 12編 35 元和六年是歳~元和六年雑載 p.78

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る四名の新信徒あり、この地方の各方面に散在せり、, 徒に宿所を供せしを以て、殉教を克ち得たる由を聞き、天來の熱情に驅られて、他事を考, を追放すべく勸告を受け、懇望せられたり、之を留むる爲めに、その身も、又その家族も、頗, 同じく一洗禮志願者あり、家族を他所に遷し、師父に對して、己が家に止宿せんことを懇, この地方には、我が徒四人ありき、道中に於いて、又旅宿に於いて稀有の苦難を嘗めしが、, 器を執りて、隊伍を整へ、暴君に抗して進み行きしなり、その他訪問を受け慰問に接した, 人あり、又農夫の服を纒ひて、六日の路程を經て來りし貴人もありたり、かゝる防衞の武, 隔てし地より、我が司祭を迎へしめたり、他の一人は、その家に止宿せし我が會の一司祭, 慮する事なく、進んでその家宅、財産を提供せり、一人は船を購ひ、之を派して、六十リウを, りし者も數名ありしが、これ等の人々の中には、三日の路程を經て來りし六十歳なる一婦, 多くの十字架の兵士等の稀に見る節操と寛容とによりて、報いられたり、我が徒一人にし, て授けたる聖體は、五百五十に及びたり、遠隔の國々より、この成果を得んとして、馳せ集, る危險に瀕せしを以てなり、彼は答へて曰く、寧ろ生き乍ら燒き〓されんことを欲すと、, 大坂及び堺の信徒も、之に劣らず寛裕なるものなりき、長崎に於いて、多くの人々が、我が, 願せり、その身の安全を保たん爲め、彼は醫師を裝ふことを得たり、又師父をその家に導, 大坂, 堺, 元和六年是歳, 七八

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  • 大坂

  • 元和六年是歳

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  • 七八

注記 (19)

  • 1093,626,59,1274る四名の新信徒あり、この地方の各方面に散在せり、
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