『大日本史料』 12編 38 元和七年六月~同年十一月 p.207

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ヲ龜山城ニ、近江膳所城主本多俊次ヲ西尾城ニ移シ、尋デ、伊勢長島城主菅, 來航せしが、昨年彼等が行ひし如く、手の及ぶ限り劫掠せん爲めなり、されど神は、このガレ, で、大なる障碍として、前進を阻み居れり、, オン船を日本と本島との中間に在るヘルモサ島に坐礁せしめて、彼等の企圖を挫き給へ, 是月、幕府、丹波龜山城主岡部長盛ヲ同福知山城ニ、三河西尾城主松平成重, なる犧牲と祈祷との爲めに盡さん、マニラ發、一六二〇年六月十四日、, 希くは、神が彼等の傲慢を打破り給はんことを、この地を發展せしめん爲めなり、またキリ, り、確實に知ること能はざれども、多くの積荷が失はれしことは事實なり、, ど溺死せり、また日本より一艘のガレオン船が、オランダの小艇と共に、この地方の海岸に, ぐること無くば、その地に入るべきものなり、異教徒等は、これらの地方に於いては、現在ま, ストの信仰を、多くの地方、多くの王國に弘めん爲めなり、聖き福音は、これらの異教徒が妨, 當地方に於ける事件を知らんと欲する多くの人々を滿足せしめん爲めに、余はこの書翰, を、貴卿に宛てゝ認めしなり、希くは、神が貴卿等を護り給はんことを、余は心より、その聖, り、されど神の意によりて、彼等は日本の海岸に乘り上げ、積荷は悉く失はれ、乘組員は殆ん, ○元和六年五月, 十四日ニ當ル, 員溺死ス, 坐礁シ乘組, じゃんく船, 元和七年七月是月, 二〇七

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  • ○元和六年五月
  • 十四日ニ當ル

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  • 員溺死ス
  • 坐礁シ乘組
  • じゃんく船

  • 元和七年七月是月

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  • 二〇七

注記 (21)

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