『大日本史料』 12編 42 元和七年雑載 p.287

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れり、, 官五人、石工一人來れり、, の理由は、三、四人のイギリス人及びオランダ人が慰安の爲め河内に赴きしが騎馬にて急, ふる爲めに、百隻餘の小舟が、葡萄酒、果實、〓麭、牝〓、その他の品々を積みて行きたり、そ, 家屋の工事に、大工九人、人夫八十八人、左, 樣と呼ばるゝ三五郎樣、國王以上の地位にある主馬殿、平戸の主席裁判官なるタカモン殿、, 詩人にして歌を能くし、相當酒を嗜むイトウ・スティゼモン殿、紳士にして歌を能くする, 家屋の工事に、人夫六十五人、左官五人來, モラノ・コフィオゼ、日本流即ち日本カタンゲの醫師なるソフォ殿、同樣なる醫師ショー, を他の貴人等と共に晩餐に招待するを可なりと思考す、, イギリス、オランダ兩國の船舶が外海に在りし由、風説當地にありたり、これ等の船を迎, 六月十七日〔五月八日〕, ぎ歸還したるを、人々は船が入港せしものと解し、イギリス及びオランダ兩國人も人々に, その事實なるを告げしを以てなり、, 六月十六日〔五月七日〕, 本日晩餐に集りし人々は、王の弟にして今は勘左衞門樣と呼ばるゝ主殿樣、今は松浦藏人, ○新暦二十七日ニシテ、元, 和七年五月八日二當ル, ○新暦二十六日ニシテ、元, 和七年五月七日二當ル, 浦信辰松浦, 利等ヲ晩餐, 信正佐川信, こつくす松, 來著ノ風説, ニ招ク, 英蘭兩國船, 元和七年雜載, 二八七

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  • ○新暦二十七日ニシテ、元
  • 和七年五月八日二當ル
  • ○新暦二十六日ニシテ、元
  • 和七年五月七日二當ル

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  • 浦信辰松浦
  • 利等ヲ晩餐
  • 信正佐川信
  • こつくす松
  • 來著ノ風説
  • ニ招ク
  • 英蘭兩國船

  • 元和七年雜載

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  • 二八七

注記 (29)

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