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供奉せしとそ、, さま巡察してかへる、, せたまひ、今夜は壬生にとまらせらる、井上主計頭正就一人宇都宮城に入て、御〓館構造の, 廿一日、江戸城へ還御なる、石谷十藏貞清・志村加兵衞資只・小栗平吉久玄等はおくれす, 廿日、壬生より岩槻にとまらせ給ふ、續元和年録, 元和八年四月二十日, 不審蒙りしは、ゆへある事な, 慈眼大師行状・續元和年録、世に傳ふる所は、奥平美作守忠昌の祖母は、神, 祖の御長女なり、奥平と本多と宇都宮轉替の時より、この姫君、正純を小, るへし、續元和年録・藩翰譜、, り、又一説に、正純か造營したる寢殿の遣戸毎に、又戸一つゝをまうけたり、これはもし地震して, りし族か行季をもとかせす、病者有て、藥用ゐんとて湯を請といへとも、あたへす、家司をはしめ, 事なりといへり、この所よりひそかにかへらせ給ひしは、さたかなる事なり、いつれにも正純御, 地傾き、戸のひらかさらん時には、遣戸より出させ給ふへきために設たりとて、人こあやしむ、又, 中にてひそかに疾梨を數多く設け、御旅館を高く造り、その下を自由に數人往來すへくかま7, けれは、いよ〳〵御止宿然るへからすとの事に決して、この夜直に壬生まておはしたりといへ, 家士等は皆野陣を張て、馬の鞍をも取離さす用意せり、これらの事、尤不審なりなと、とり〳〵申, よからす思ひ給ひーしに、〓度正純か〓旅館營造のさま、奇巧を極め、世上種こ雜説行はれ、其上城, 浴室の板敷落ん樣にたくみ、その下に悉く〓をたてならへたりなといふ事は、あとかたもなき, したり、又此ころ、京よりあまた銃を苞〓にして下したり、これらの事尤不審なり、御用意なくて, は、いかなる珍事引出さんもしるへからすと、御消息にしたゝめたまひ、そのころ奥平かもとに, 聞いかにもさる事なかるへしとも思はす、既にならせ給ひし時には、宇都宮にとまらせ給ひし, 戸を明る事あたはす、又火事の用意とて、御膳終るまての間、城中嚴に火を消さしめ、御先にまか, この營造、深夜にもいそきて構造し、又構造にあつかりし根來同心百人を、一日のうちに悉く誅, めしあつけられし堀伊賀守利重もて、進らせらる、伊賀守利重、この事注進せし時、近臣等これを, か、御旋館の設、心得ぬ事多し、先寢殿の戸に樞を付置しか、庭に出させ給はんとせし時、其樞落て, 元和八年四月二十日, 三五二
割注
- 不審蒙りしは、ゆへある事な
- 慈眼大師行状・續元和年録、世に傳ふる所は、奥平美作守忠昌の祖母は、神
- 祖の御長女なり、奥平と本多と宇都宮轉替の時より、この姫君、正純を小
- るへし、續元和年録・藩翰譜、
- り、又一説に、正純か造營したる寢殿の遣戸毎に、又戸一つゝをまうけたり、これはもし地震して
- りし族か行季をもとかせす、病者有て、藥用ゐんとて湯を請といへとも、あたへす、家司をはしめ
- 事なりといへり、この所よりひそかにかへらせ給ひしは、さたかなる事なり、いつれにも正純御
- 地傾き、戸のひらかさらん時には、遣戸より出させ給ふへきために設たりとて、人こあやしむ、又
- 中にてひそかに疾梨を數多く設け、御旅館を高く造り、その下を自由に數人往來すへくかま7
- けれは、いよ〳〵御止宿然るへからすとの事に決して、この夜直に壬生まておはしたりといへ
- 家士等は皆野陣を張て、馬の鞍をも取離さす用意せり、これらの事、尤不審なりなと、とり〳〵申
- よからす思ひ給ひーしに、〓度正純か〓旅館營造のさま、奇巧を極め、世上種こ雜説行はれ、其上城
- 浴室の板敷落ん樣にたくみ、その下に悉く〓をたてならへたりなといふ事は、あとかたもなき
- したり、又此ころ、京よりあまた銃を苞〓にして下したり、これらの事尤不審なり、御用意なくて
- は、いかなる珍事引出さんもしるへからすと、御消息にしたゝめたまひ、そのころ奥平かもとに
- 聞いかにもさる事なかるへしとも思はす、既にならせ給ひし時には、宇都宮にとまらせ給ひし
- 戸を明る事あたはす、又火事の用意とて、御膳終るまての間、城中嚴に火を消さしめ、御先にまか
- この營造、深夜にもいそきて構造し、又構造にあつかりし根來同心百人を、一日のうちに悉く誅
- めしあつけられし堀伊賀守利重もて、進らせらる、伊賀守利重、この事注進せし時、近臣等これを
- か、御旋館の設、心得ぬ事多し、先寢殿の戸に樞を付置しか、庭に出させ給はんとせし時、其樞落て
柱
- 元和八年四月二十日
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- 三五二
注記 (28)
- 239,688,53,337供奉せしとそ、
- 1629,702,54,499さま巡察してかへる、
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- 567,697,44,598るへし、續元和年録・藩翰譜、
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