『大日本史料』 12編 45 元和八年六月~同年七月 p.308

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イン人等に説教を行ひて之を鼓舞し、又日本人等にも其の場の通譯を勤めたる聖なるホ, アチンを介して時折之を行ひつゝ、道を歩めり、而も途上、或る偶像を認むるや、聖な, なり、道路上にも群衆は續き、上記の場所迄等しく無數の人に溢れたり、其の状況を知, 等に下し給へる勇氣を與へんとの配慮の事は筆舌に盡すべくも非ず、況や聖人等の欣喜, ると同時に、非常に高き丘の麓の地なりしを以て、夥しき人數を收容する事を得たれば, 人總て十三名、之にパードレ等を加へて總て十五名なりき、審判の終るや、全員は共に, の如何計りなりしやは、全く説明し難き處なり、聖なるフライ・ペドロは、集れるスペ, るホアチンは之を嘲笑し初め、一同に向ひて語り初めて曰く、異教徒等の狂氣の様を視, を以て埋まり、海も人を滿載せる船を以て滿ちたり、何となれば、此地は、海岸に位す, 此處より殉教の場所に赴きたり、其處には無數の人々が彼等を待ち居りたり、山々は人, れる者の余に語りたる處に據れば、其の數は百五十萬人に達せりとの由なり、晝夜に亘, りて語るとも、彼等の示せる信心、彼等の落〓、歎息、叫喚、竝びにデウスの其の下僕, として之に耐ふべし、されば斯かる憐みの言葉を已めよ、と答へたり、彼等の數は日本, よ、彼等は何人をも救ふ事能はざる石と丸太を崇拜す、其の他の事も信心及び教化と何, ツヽ刑場ニ, 人ニ説教シ, 五十萬人, 群衆ノ數百, つにが同國, 人及ビ日本, 赴ク, 人刑場ニ赴, 常陳等十五, 偶像ヲ嘲ル, 元和八年七月十三日, 三〇八

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  • ツヽ刑場ニ
  • 人ニ説教シ
  • 五十萬人
  • 群衆ノ數百
  • つにが同國
  • 人及ビ日本
  • 赴ク
  • 人刑場ニ赴
  • 常陳等十五
  • 偶像ヲ嘲ル

  • 元和八年七月十三日

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  • 三〇八

注記 (26)

  • 592,656,63,2233イン人等に説教を行ひて之を鼓舞し、又日本人等にも其の場の通譯を勤めたる聖なるホ
  • 473,664,61,2229アチンを介して時折之を行ひつゝ、道を歩めり、而も途上、或る偶像を認むるや、聖な
  • 1184,661,61,2236なり、道路上にも群衆は續き、上記の場所迄等しく無數の人に溢れたり、其の状況を知
  • 824,654,64,2237等に下し給へる勇氣を與へんとの配慮の事は筆舌に盡すべくも非ず、況や聖人等の欣喜
  • 1299,657,60,2235ると同時に、非常に高き丘の麓の地なりしを以て、夥しき人數を收容する事を得たれば
  • 1653,649,59,2236人總て十三名、之にパードレ等を加へて總て十五名なりき、審判の終るや、全員は共に
  • 708,661,63,2218の如何計りなりしやは、全く説明し難き處なり、聖なるフライ・ペドロは、集れるスペ
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  • 1536,650,59,2238此處より殉教の場所に赴きたり、其處には無數の人々が彼等を待ち居りたり、山々は人
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